世間にはさまざまなビジネス書があふれています。これまでさまざまなビジネス書を読んできたけれども、どれもいまいちピンとこない……なんて思っている方も多いのではないでしょうか。
しかし、普遍的に通用する根本的な「仕事の技法」なるものは、存在するのです。「できる」と評価されている人はごく当たり前にやっているのですが、私たちは目標だけを凝視しすぎて、それをついなおざりにしているのです。
今日はちょっとだけそのヒントをお教えしましょう。
「言外のメッセージ」を感じ取る、それが究極の「仕事の技法」
仕事には、さまざまな分野があり、さまざまな職種があります。従って、仕事の技法にもさまざまなものがあります。企画であれ、営業であれ、開発、生産、サービス、総務、経理、人事、情報、広報、いかなる仕事であっても求められる、「根幹的技法」と呼ぶべきものがあります。それが、「対話の技法」です。
なぜなら、どの分野の、どの職種の、どの仕事であっても、その仕事の根幹は、商談、交渉、発表、説明、会議、会合、報告、連絡、相談など、すべて、顧客や取引先、上司や部下を始めとする「人間」を相手とした「対話」だからです。
「対話」には、ふたつの種類があります。ひとつは、「表層対話」と呼ぶべきもの。もうひとつは「深層対話」と呼ぶべきものです。コミュニケーションの専門分野では、「言語的メッセージ」と「非言語的メッセージ」と呼びますが、日常の仕事や生活においては「言語的メッセージ」よりも、むしろ、「非言語的なメッセージ」の方が支配的な役割を果たしています。
例えば、言葉では、「いいですよ、気にしてませんから……」というA君。その表情からは、例の件を、そうとう気にしていることが伝わってくる場合があります。また仏頂面で「申し訳ありませんでした」と言いながら頭を下げるB氏の雰囲気からは、本当に申し訳ないとは思っていないことが伝わってきますよね。
このように、日常の仕事や生活において、「言葉のメッセージ」として伝わってくるものと、視線や表情、仕草や動作など、言葉の奥から「言葉以外のメッセージ」として伝わってくるものが違っているという経験は、誰もが持っていることでしょう。
「仕事の技法」の根幹である「対話の技法」を身につけるとき、「表層対話の技法」に留まらず、「深層対話の技法」を身につけ、「深層対話力」を高めることが、 私たちの「仕事力」を飛躍的に高めていくのです。
それでは、「深層対話力」を高めるために、どのようなポイントに注意すべきかをこれから見てみましょう。
深層対話力のケーススタディ:C課長の心配事
ある職場の月曜日、朝9時過ぎ。出社したばかりのA君とB君が自席で仕事をしています。
すると、部長室から戻ったばかりのC課長にふたりは呼ばれ、こう言われました。
「A君とB君、緊急の仕事を頼みたいので、相談だ……。このD社とE社の資料、かなりの枚数で煩雑な資料だが、何とか今日の夕方5時までに数字を整理し、一覧表にして持ってきてくれないか。急遽、夕方6時からの経営会議で説明しなければならないので、大変な作業だが、よろしく頼む! このD社の資料はA君が担当してくれ。E社の資料はB君が担当で頼む。なお、それぞれ午前中の作業をして、夕方5時までにひとりでは処理できないと思ったら、遠慮なく報告してくれ。場合によっては、他のスタッフにもサポートを頼むから……」
ふたりは、「了解しました」と答えて席に戻り、早速、作業に取り掛かりました。C課長の言うとおり、これはかなりの作業になる。そう思ったふたりは、昼食も、同僚に買ってきてもらったパンをかじりながら作業を進めました。
午後、外回りから帰ってきたC課長が、A君とB君を見ると、ふたりは引き続き、懸命に作業を続けています。それを見ながら、C課長がパソコンのメールを開くと、A君からのメールが入っていました。
「課長、何とかひとりでできると思いますので、サポートは不要です。ご配慮、ありがとうございます」
そのメールを読み、安心した一方で、C課長は、B君が気になったので声をかけました。
「作業は、大丈夫か……。必要ならば、サポートをつけるが?」
それに対して、B君は「大丈夫です。ひとりで何とかやれます」と答え、すぐにまた、時間を惜しむように作業に戻りました。
C課長も、自席で夕方の経営会議向けの資料を作っていると、4時過ぎにA君が席にやってきて、ひと言、こう報告しました。
「課長、これから最後の数字の確認に入りますから、お約束どおり、5時には一覧表をお渡しできます」
それを聞いて、またB君が気になります。
「彼の作業は大丈夫だろうか……。ひとりで何とかやれます、と言っていたが、自席で脇目も振らず作業をしている雰囲気は、かなり時間に追い詰められているのではないだろうか……」
そう懸念しながら資料作りをしていると、4時半過ぎに、B君が一覧表を持ってやってきました。
「課長、予定より早く一覧表ができましたので、持ってきました」
「おお、早かったな。緊急の作業、ご苦労さん」と言うと、B君、一礼して席に戻ろうとしますが、そこでC課長は気になって尋ねました。
「この資料、最後の数字の確認は、大丈夫だな?」
それに対し、B君は「ええ、確認もしてあります」と答えました。
そして5時、A君が一覧表を持ってやってきました。
「お待たせしました。数字の確認もしてあります。ミスはありません。ただ、一点、この数字の意味は分かりにくいので、注記をつけてあります」
「ありがとう。この一覧表、急いで作ってくれたので、助かったよ……」
C課長は、ほっとした表情でそう言いました。ふたりの資料はなんとか経営会議に間に合ったのです。
6時になり、C課長が経営会議に向かった後、その一連の仕事を隣席で見ていたF先輩が、B君を夕食に誘いました。会社の社員食堂で夕食を取りながら、F先輩は、B君に語りかけました。
「一日、緊急の作業、ご苦労さま。大変だったな……」
それに対して、B君は少し誇らしげに言います。
「ええ、突然の作業でしたので少し大変でしたが、何とか、予定の5時よりも早く一覧表を課長に提出できました……。課長も喜んでくれました」
その言葉を聞いて、F先輩、微笑みながら、B君に言いました。
「そうだな……。作業が締め切り前に終わって良かったな……。ただ、良い機会だから、アドバイスをしておくけれど、もう少し、C課長を楽にしてあげられたら良かったな……」
そのアドバイスを聞いて、B君は怪訝《けげん》そうに聞き返しました。
「私の仕事、何か問題がありましたか……? 一応、締め切り前に資料を出し、あの一覧表にもミスはなかったと思うのですが……」
B君のその言葉を聞いて、F先輩は思わず笑いながら、優しくこう言ったのです。
「君は、C課長の『作業』は、楽にしてあげているのだけれど、課長の『心』を楽にしてあげていないのだな……」
「仕事のできる人」は必ず身につけている「相手の心を感じ取る技法」
さて、この場面、みなさんは何を感じましたか? F先輩の言わんとすることに賛同される方も多いのではないでしょうか。
たしかに、B君はC課長から依頼された仕事を、昼食時間を返上して集中して取り組み、締め切り前にやり遂げ、提出しました。その意味では、C課長の「作業」を楽にしてあげたことは事実です。しかし、F先輩の言うように、C課長の「心」を楽にしてあげていない。この場面を振り返ると、B君は何度も、C課長に無用の心配をかけているのです。
まず、「サポートが必要なら報告するように」という指示に対して、B君から何も報告がないため、C課長が心配になって、声をかけています。また、作業の進捗についても、途中で何の報告もないため、「大丈夫だろうか」と心配させています。そして、頼まれた一覧表は締め切りより早く持ってきましたが、「最後の数字の確認をしたか」という心配を、C課長にさせています。
これに対して、A君は、どうでしょうか。A君は、頼まれた仕事を締め切りまでに提出しただけでなく、「サポートが不要であること」「締め切りまでに間に合うこと」「最後の数字の確認を行っていること」「一覧表での注記のこと」など、要所要所で、C課長に無用の心配をかけないように報告し、課長の「心」が楽になるように行動しています。
その意味でA君は、まさに「働くこと」の心構えを摑んでいるのです。
なぜなら、「働く」とは、「傍」(はた)を「楽」(らく)にすることだからです。
ここで「傍」(はた)とは、職場でいえば上司や同僚、部下など、間近で働く人々のこと。そして、会社でいえば、「傍」とは、お客様のことであり、広く世の中や社会全般のこと。そして、「楽」(らく)にするとは、決して、相手の「体」を楽にすることだけではありません。相手の「心」を楽にすることも、「働く」ことの大切な意味とされているのです。
その意味で、残念ながらB君は、職場で「作業」はしているけれども「働く」ことをしていないといえます。C課長という「傍」(はた)にいる人を「楽」(らく)にしていない=C課長の「心」を楽にしていないからです。
従って、この若手のA君とB君、同期入社ではありますが、プロフェッショナルとしての資質という意味では、A君の方が高い評価を受けるでしょう。
相手の心を感じ取る技法 極意その1
仕事においては
相手の「作業」を楽にしたかだけでなく
相手の「心」を楽にしたかを、振り返れ
いかがでしたか? 仕事においては、このように相手がどのように考えてその言葉を発したかや、相手の表情、声の調子などから言外の意図をくみ取り、コミュニケーションを円滑に進めていくことが非常に重要なのです。
「そんなことまで気を遣わなければならないなんて……」とお嘆きのあなた! コミュニケーションが円滑になれば信頼関係が生まれます。信頼は業務や商談を有利に進めるのに必須です。少なくともビジネスマンであれば、ひとりで仕事をするのではなく、多くの人と関わりながら業務を遂行していく必要がありますから、自分の仕事でのコミュニケーション手法を見直してみるいい機会かもしれません。
『仕事の技法』では、こうした「対話の技法」を仕事におけるさまざまなシチュエーションを例にとって解説しています。今年はこの本を参考に、ワンランク上の「できるビジネスマン」を目指してみませんか?