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2016.11.19

レビュー

『ゴジラ対ヘドラ』がすげぇ!──日本のヤバい過去を具現した怪作

ハリウッドの優れたリメイク『ゴジラ』そして『シン・ゴジラ』の大ヒットにともない、過去のゴジラ映画を収録したDVD-BOXのシリーズががリリースされている。東宝のゴジラ映画のシリーズは過去も途切れることなくDVDソフトが販売されてきたが、このシリーズの目玉はなんといっても映画の収録だけで終わっていないことだ。ポスター、ぬりえ、パンフレットなど映画館で配布・販売された印刷メディアの復刻はむろんのこと、幼年誌や少年誌に掲載された記事やコミックも原寸大カラーで収録されている。これを見るだけでもこのシリーズを入手する価値がある。絵の作者が誰だかわかんないマンガ風のイラストとか、権利関係がうるさい今なら絶対あり得ない。映画を知らなくたって、ノスタルジーをかきたてられますよ。

1954年制作の大傑作映画『ゴジラ』以来、怪獣ゴジラを主人公とする映画は連綿と制作され続けた。ただし、おそらくは商業的理由からだろう、第2作以降の映画は子供を対象としたものが多くなっている。

本号に収録された『ゴジラ対ヘドラ』(1971)も、低年齢層を対象に制作された作品だった。なにしろ初公開は「東宝チャンピオンまつり」、併映は『いなかっぺ大将』や『みなしごハッチ』である。実際にその場にいたわけではないが、映画館は子供とその保護者でいっぱいだったにちがいない。当時は特撮好きの大きいお友達なんかほとんどいなかっただろうから、子供率はより一層高かったはずだ。

したがって『ゴジラ対ヘドラ』は大人の鑑賞に耐えない映画である、お子様ランチである──そう断じるのはあまりに早計だ。個人的には、名画のほまれ高き第1作の『ゴジラ』よりも、こっちを見ろよと言いたい。

『ゴジラ対ヘドラ』は、ゴジラ・シリーズ最大の異色作とされる作品だ。なぜ異色なのか。ポイントはいくつもあるが、2つあげさせてもらおう。

ひとつは、とにかく敵役ヘドラがめったやたらに強いことだ。ゴジラはヒーローだから、もちろんヘドラに勝っている。ただし、自分ひとりの力で勝ったのではない。自衛隊と共同戦線を張り、ようやく勝利をものにしているのだ。しかも、戦いを終えたゴジラは満身創痍、体中に火傷を負い、眼はつぶれ、腕は骨がむきだしになっている。ここまでゴジラを傷つけた敵はヘドラをおいてない。ゴジラ・シリーズ最強の怪獣はヘドラだと言っても、反論する人は少ないだろう。

ヘドラがどうしてそんなに強いのかといえば、攻撃がまったくきかないからだ。たとえば彼にパンチすると、パンチした手が身体の中に埋まってしまう。ヘドラの身体には決まった形がなく、臓器もなければ骨もない。したがってあらゆる通常攻撃は意味をなさないのだ。

ヘドラの肉体は、ヘドロでできている。水銀、コバルト、カドミウム、鉛、硫酸、オキシダン(『ゴジラ対ヘドラ』の主題歌より)。通常なら生物が生きられないような汚染物質のカタマリがヘドラであり、彼はこれら汚染物質があるかぎり成長し続ける。

ヘドラは徐々に成長し、飛行能力を獲得した。体内では硫酸が生成され、それが「硫酸ミスト」という形で放出される。通っただけで金属は腐食し、人間は白骨化する。離れていれば白骨化はまぬがれるが、ふりかかる硫酸のため立っていることができない。まさに空飛ぶ凶器だ。

ヘドラは現在の形で消滅したことになっているが、生きていればさらなる進化をとげたことだろう(このあたりはシン・ゴジラの特徴として踏襲されている)。

クライマックスにおけるゴジラの無言の主張は、本作の大きなテーマのひとつを表現している。

「おまえらがヘドラを作ったんじゃないか!」

そう、ヘドラを生み出したのは、たしかに人間なのだ。公害が生み出した公害怪獣。それがヘドラの異名である。ヘドラの強さしぶとさとは、公害の強さしぶとさなのである。

もうひとつ、『ゴジラ対ヘドラ』が異色なのは、日本におけるサイケデリック文化/ヒッピー文化を活写していることだ。たとえば、主役のひとりである若い男が地下のゴーゴー(!)クラブで体験するのは、おそらくLSDなどの薬物を摂取したことによる幻覚である。こんなもん子供に見せてどうするんだというツッコミを入れたくなるが、サイケデリック/ヒッピーは本作のテーマである「公害」とつながっており、それゆえこの表現が必要だったと考えることもできるだろう。

公害を考えるとき、アメリカの生物学者レイチェル・カーソンの著書『沈黙の春』を避けて通ることはできない。作家志望だったカーソンは、主にDDTなどに代表される農薬による被害(生物濃縮の恐怖など)を訴えるにあたり、文学的な手法をとった。ある架空の町を想定し、公害によって鳥たちが歌わない(死に絶えた)春を表現したのだ。

『ゴジラ対ヘドラ』が『沈黙の春』に多くを負っていることは、ショッキングな主題歌の歌詞からも知ることができる。『沈黙の春』は世界的なベストセラーとなり、やがてはケネディ大統領の目にふれDDT禁止などの法律が生み出されることになったが、ヒッピーたちに熱狂的に支持されたことでも知られている。

ヒッピーの思想を端的に表すならば「愛と平和」であり、その思想的成果は(米国においては)ベトナム戦争を終わらせることにあった。だが、彼らの運動は戦争終結に結びつかず終わってしまう。

ヒッピー思想は敗れた。まあ、その脆弱さは当時から指摘されていたから、敗れて当然だったのかもしれない。その甘っちょろさは『ゴジラ対ヘドラ』にも表現されているし、『イージー・ライダー』の主要なテーマにもなっている。

しかし、現在はこの思想を見直す動きもある。ヒッピーの掲げた理想は素晴らしいじゃないか。そう語る人間が増えているのだ。

なにより大きいのは、世界でもっとも株価の高い企業、すなわち世界でいちばん儲けている会社であるアップルの創業者スティーブ・ジョブズが、自分はヒッピーだったことを語り、ヒッピー思想がアップルの根幹となったことを公言していることだろう。おそらく、ジョブズに「iPhoneはヒッピー思想の産物ですね」と言っても怒られることはないにちがいない(握手を求められることはあっても!)。

iPhoneがなければスマホが今の形にならなかったことを考えると、ヒッピー思想が世を席巻するようになったと言っても過言ではないだろう。言葉をかえれば、ヒッピー思想は何十年かたって、世に影響を与えるようになったのだ。

一方、公害は大きな問題ではなくなりつつある。公害はやがて環境問題と呼ばれるようになったが、いずれにしても、以前ほど深刻な事態には至ってはいない。水俣病やイタイイタイ病などの公害病は(現在も戦っている人たちがいるにせよ)歴史の1ページとなった感がある。光化学スモッグ注意報が発令されることは滅多になくなったし、汚染された河川の代表だった神田川にはアユが見られるようになっているそうだ。環境省や消費者庁も設立されたし、人々の環境意識も高まっている。おそらく今後、日本近海でヘドラが生まれること(水質汚染が進みヘドロの海になること)はないだろう。公害は過去の話になりつつあるのだ。

だが、ちょっと待て。公害は本当に終わったか?

東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所の事故は、ニュースになることがすくなくなった。事故が起きたのは5年以上前だし、過去のことにしてしまいたい気持ちはよくわかる。オリンピックとか、魚市場の移転とか、未来のことを話し合った方が建設的だ。そう考える気持ちもわからないではない。

だが、あの原発の周囲は今なお人が住めないのだ。汚染水を入れたタンクは、今でも増え続けているのだ。あの事故はまったく終わっちゃいないのである。あれは人間が生み出した事故であり、人間が作り出した汚染だ。ヘドラを生み出した公害と、なんの変わりがあるだろう。もっとひどくなっているとさえ言えるのだ。

過去をなつかしがってノスタルジーにおぼれ、昭和は良かったとかいうじじいばばあたちはすごく多い。やつらの言うことを信用してはならない。やつらはいいところだけ語っている。嘘をついているのか、ボケちゃってそれしか思い出せないのかはわからないが。

『ゴジラ対ヘドラ』を見た俺たちにはわかる。実際には公害が大問題になっていたのだ。子供向け映画のテーマになるほど、一般的なものだった。光化学スモッグでバタバタ倒れる人がいたし、公害病があちこちで起こって死んでいく人たちがいた。海や川の水質汚染も、それによる水棲生物の奇形も、めずらしいことじゃなかった。

むしろ学ぶべきは、やつらが語らないことの方にある。なぜ光化学スモッグ注意報は出なくなったのか。なぜ公害病は激減したのか。なぜ神田川にアユが住めるようになったのか。そこにこそヒントがある。

俺たちにとって、未来を考えるってことは過去のオトシマエをどうつけるかということだ。その意味で、『ゴジラ対ヘドラ』は多くのことを示唆してくれている。終わらせちゃいけないし、過去にしてはならない。俺たちが戦っている敵は、ヘドラよりずっと強大だし、ずっとしぶといのだから。(ゴジラは放射能怪獣でありハリウッド・ゴジラもシン・ゴジラもそれをテーマのひとつとしている)

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レビュアー

草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。

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