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2016.11.05

レビュー

プラネタリウム酒場に、神話と家族が漂う。奇跡の20章、完結!

『三軒茶屋星座館』の最新刊『秋のアンドロメダ』は、『冬のオリオン』『夏のキグナス』『春のカリスト』に続いて同シリーズの4作目にして最終刊です。

バーカウンター併設のプラネタリウム「三軒茶屋星座館」。金髪の店主・大坪和真(おおつぼかずま)は、彼の双子の弟で、アメリカ帰りの素粒子物理学者・創馬(そうま)と、その娘の月子(つきこ)と一緒に暮らしています。

星々と神話をテーマにしたこの傑作小説シリーズは、創馬と月子が和真を頼って「星座館」を訪ねてきたところからスタートしました。

シリーズ1作目『冬のオリオン』を予備知識なしに読みはじめた僕は、これからどんな物語が展開されていくのかと胸を躍らせたものです。その期待は裏切られることなく、気がつけばあっという間に最終刊。『秋のアンドロメダ』を読み終えた直後は、しばし呆然としていました。心地よい切なさと寂しさ。それらが遅れて胸に迫ってくると同時に、これでおしまいにするのはちょっともったいないよなあ、と名残惜しくなったのも事実です。

『三軒茶屋星座館』の基本的な構成は、『冬のオリオン』から『秋のアンドロメダ』まで5章からなる連作短編という形で全作共通しています。その各章で和真が意訳したギリシャ神話が語られてゆく。ユーモア満載、下ネタいっぱい。こんなに楽しいギリシャ神話、世界広しといえども和真にしか話せません。そして彼が語るギリシャ神話は、各章でクローズアップされる登場人物たちとリンクしながら、そこで織りなされる人間ドラマと、ちりばめられた伏線が絶妙に絡み合い、魅力的な長編を形作ってゆくのです。

その際に観測される人間ドラマの重要な主題は、「家族」です。ここで言う「家族」とは必ずしも血の繋がりを意味しません。たとえば恋人同士、友人同士であったとしても、ふたりの愛情や親しみの度合いによっては、血の繋がりを超えた、かけがえのない家族でしょう。そもそも和真と創馬の「ふたりのお父さん」と月子との間にも、いっさい血の繋がりはありません。しかし、この3人は誰が見ても家族なのです。

いずれにしても、この連作短編スタイルなら、もっと話の続きは作れたはずでした。しかし、現実は『秋のアンドロメダ』でおしまい。『三軒茶屋星座館』シリーズは、本作でとうとう幕を閉じました。

ひとりの熱烈なファンとして、こんこんと寂しさが募ります。でもそれって、面白い作品の終わりには共通する寂寥感ではないでしょうか。大好きな作品がカーテンフォールを迎えるとき、僕の場合は、まるで魂の一部が体から離れていくような感覚すらあります。胸に募る寂しさは、傑作の証です。

それにしても、1作目の『冬のオリオン』を読了したときには、まさかこんなふうに物語が進展していくとは思いもよりませんでした。和真たちの過去が少しずつ明らかになっていく同シリーズは、前作『春のカリスト』で"終わり”に向かって一気に加速しました。とりわけ『春のカリスト』は、序盤の衝撃的な展開で幕を開けるや予想外のラストで終わるという、最初から最後まで驚愕の1冊。最終刊『秋のアンドロメダ』でも引き続きその緊張感は保たれています(ネタばらしになるので詳しく書けないのが歯がゆい)。

そんな中、『冬のオリオン』では8歳だった月子は、小学4年生の10歳になりました。その2年の間に、彼女に限らず和真も創馬も、もちろん他の登場人物たちにも必然的に変化が生じています。新たな出会い。悲しい別れ……。その全部が『三軒茶屋星座館』の血と肉です。

ことさら言及するまでもなく、そうやって注ぎ込まれた濃密な血と肉が、このシリーズを傑作たらしめている。中でも驚異的なのは、シリーズを構成する「4作×5章(計20章)」のうち、外れのエピソードが1章たりとてないこと。これは本当です。ガチですよ、ガチ。僕と『三軒茶屋星座館』との相性が抜群によかったのだとしても、これはいくらなんでも奇跡だ! むろん著者・柴崎竜人(しばざきりゅうと)さんの非凡な才能、実力によって描かれた物語ですので、ある意味、奇跡と表現するのは失礼かもしれません。しかし、そう言いたくなる気持ちはシリーズ既読の読者の方ならわかってくれるのではないでしょうか。外れのエピソードがひとつもないなんて、めったにあることじゃないのです。

奇跡といえば、和真が洒落っ気たっぷりに意訳してくれるギリシャ神話には、そうした奇跡のようなエピソードが次から次へと出てきます。神話だから当然です。そしてどのエピソードもめちゃくちゃ面白い。和真が話すから余計に面白いのです。『三軒茶屋星座館』シリーズもそうしたギリシャ神話と同じです。そう考えると、このシリーズはのちのちまで語り継がれる、まさしく神話的な小説なのかもしれません。惜しみない賞賛の拍手を送り続けたい神話的・奇跡的傑作です。

レビュアー

赤星秀一

1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。

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