“見上げてごらん夜の星を”
いうまでもなく、さきごろ天に召された永六輔さん作詞の、不朽の名曲です。私たち人間は古くから、夜空に瞬く星々にロマンチックな感情をおぼえ、振り仰いではときに恋を語り、ときに己の夢を重ねてきました。
だが、しかーし! みなさん、知りたくないかもしれませんが……星とは、じつはそんな生やさしい、きれいごとですまされるものではないのです!
観測の技術が進歩して、遠くの星までよく見えるようになればなるほど、わかってきたのは、彼ら星たちの実際の姿が、いかに奇怪で、いかに変てこかということでした。宇宙って、こんな連中だらけだったなんて……まるで化け物屋敷か、よしもと演芸場です。
ちっぽけな人間の想像など絶しまくりの数々の星の中から、とりわけへんな10個を厳選してご紹介するのが、『へんな星たち』という、ちょっとへんなタイトルのブルーバックス。「なんだこりゃ?」「ありえなーい!」と驚き呆れるうちに、なぜこいつらはこうなのか、きちんと「星の物理」までわかってしまうお得な一冊です。夜空を見上げることが多くなるこれからの季節、君の瞳は星のようだなんて口説き文句より、よっぽどあなたを知的で魅力的に見せてくれるネタが満載です!
「星の数ほど」っていったい何個?
ここで少しみなさんに、星についての問題を考えていただきましょう。
Q1 天文学で「星」といったら、ふつうは何を指す?
①恒星 ②惑星 ③どちらも含まれる
Q2 宇宙にある星の数について、正しいことを述べているのはどれ?
①多く見積もって100兆個 ②世界のすべての砂浜の砂の数よりも多い ③見当もつかない
Q3 星はなぜ光る?
①隕石が落下して燃えているから ②ガスが燃えているから ③どちらでもない
簡単すぎたでしょうか?
Q1は、そう、①の恒星ですね。恒星は自分の力で光ることができる星、惑星は恒星の周囲を回っていて、恒星からの光を反射して光っている星のことです。太陽系でいえば、太陽だけが天文学では一般に「星」と呼ばれるのです。ここでご紹介するへんな星たちも、すべて恒星です。
では、Q2はどうでしょう? 正解は②です。ワイキキビーチも鳥取砂丘も含めた、世界のすべての砂浜にある砂粒の数よりも、宇宙にはたくさんの星があるのです。でも、そういわれてもイメージしにくいですよね? 星がたくさん集まった、いわば星の群れが銀河です。1個の銀河には、ケタ数でいえば1000億個の星があると考えられています(1000億個かもしれないし、9000億個かもしれないという意味です)。そして、宇宙にはそのような銀河が、やはり1000億個のケタで存在すると考えられています。ということは、星の数は1000億個×1000億個のケタとなり、なんとゼロが22個! 100兆どころではありません。あえて言うなら兆の次の京(けい)の次の垓(がい)を使って100垓ということになります。よく「星の数ほど」といいますが、星はこんなにも多いのです。
Q3がわかった方は、少し自慢できます。もっともらしいのは②ですが、じつは③が正解。星が光るのは、内部で「核融合反応」という現象が起きているからです。星はほとんどが水素でできています。これが星自身の重みを受けて押しつぶされると、核融合を起こし、ヘリウムに変わります。このときに出てくるエネルギーで星は光っているのです。
じつは、なぜ星が光るのかは長く謎とされていて、こうしたしくみがわかったのは、ついこのあいだの20世紀中期のことでした。星にまつわる物理現象について研究する学問を天体物理学といいます。へんな星たちの驚くべき正体がわかってきたのも、天体物理学が急速に進歩したからなのです。
【プレオネ】 宇宙の芸術点はもらった! イナバウアーする二重円盤
では、お待ちかね、宇宙に笑いと絶叫を巻き起こす(?)、へんな星たちの顔ぶれをご紹介していきましょう。まず登場するのは、かっこうがすごくへんなやつです。
この図をご覧ください。これは冬の代表的な星座、オリオン座のすぐ西隣りのおうし座の、肩ロースのあたりに位置している散開星団すばるの中にある「プレオネ」という星の姿を、観測データをもとに忠実に再現したものです。いったいこれ、どうなってるか、わかりますか? 真ん中の青い星を、二重の赤い円盤が取り巻いています。そして外側の円盤が、ぐぐーっと傾いて、ついに反り返ってしまったのです。まるであのフィギュアスケートの荒川静香選手の得意技「イナバウアー」のようではありませんか!
どうしてこんなことになってしまったのかは、少し長い話になりますので、ぜひブルーバックス『へんな星たち』でお確かめください。なお、プレオネのこの奇想天外な正体が明かされるまでには、この星にとりつかれた日本人研究者たちの多大な貢献がありました。
【ミラ】 あまりにも長々しい尾──おまえはそれでも恒星か?
へんなかっこうといえば、秋の夜空に見えるくじら座の、のどのあたりにあるこの星も相当なものです。16世紀ドイツの牧師さんが、明るさが周期的に変わる星があることを発見しました。消えたかと思うとまた現れるその奇妙な星は多くの天文学者を魅了し、1662年にポーランドのヨハネス・ヘヴェリウスが論文の中で、「驚き」という意味で「ミラ」と命名しました。
近年になって、ミラのように明るさが変わる「変光星」が宇宙にはけっこうあることがわかってきましたが、天体物理学の進歩は、ミラのさらなる驚きを見つけ出しました。それがご覧の、まるで彗星のような尾です。その長さ、なんと10光年! 光が10年かかってやっと端から端まで通過できるしっぽなのです。本当はおまえ、彗星なんじゃないか?と問いただしたくなるほどです。
このミラ、じつは明るい時期には肉眼でも見ることができます。もし見つけたら、そこに向かって親指を突き出してみましょう。そのときの親指の「太さ」(長さではありません)が、ミラの尾の長さに相当するそうですよ。
【ミラ】NASA/JPL-Caltech
【WR 104】 本当は恐ろしい宇宙の巨大蚊取り線香
へんなかっこうのやつ、極めつきはこれかもしれません。どうですか、この姿? まるで、宇宙の蚊取り線香です! これから夏を迎えてきれいに見えてくる天の川の中心あたりに位置するいて座で、ケンタウロスが引いている弓の中央あたりにある「WR 104」という星です。
どうしてこんなグルグル巻きができあがるのかは、これも天体物理学の話になり、『へんな星たち』でくわしく解説していますが、ひとつ、お伝えしたいのはこの星から噴き出されているという風のすさまじさ。その最大の速さ、なんと秒速3000km! これは1秒で東京からベトナムまで行けてしまうスピードです。じつはこの星にかぎらず、宇宙にはこのレベルの暴風を噴き出している星がうようよいます。本当に、宇宙はとんでもないところです。
しかも、このWR 104は、のほほんとした姿にだまされてはならない怖ろしさを秘めています。星はその生涯の最期に、超新星爆発という大爆発を起こします。このとき、ガンマ線バーストという猛烈なガンマ線のビームを放出することがあります。もし仮に、地球がこれをまともに食らったら、生物が大量絶滅するという計算もされています。そして、なんとWR 104は、ちょうど地球のほうに、じーっと正面を向けています。もしもそのときが来たら、本当にガンマ線バーストが地球を直撃するかもしれないのです! はたして地球、大丈夫でしょうか?
【いっかくじゅう座V838星】 想像を絶する巨大なバケモノ星
最後にもうひとつ、バケモノじみた星をご紹介します。「冬の大三角」と呼ばれる1等星でできる大きな逆三角形の中に、いっかくじゅう座があります。そのモデルになっている角を生やした馬「ユニコーン」のおなかのあたりに位置する「いっかくじゅう座V838星」です。ご覧の写真はハッブル望遠鏡が撮った有名な画像で、まるで宇宙のルビーのような美しさはゴッホの名画「星月夜」にもたとえられ、Tシャツやマグカップにもプリントされています。中心の赤い星を覆っている卵の殻のようなものは、周囲のダスト(ちり)に光が反射してできるライトエコー(光のこだま)と呼ばれるものです。
さて、この美しい星のどこがバケモノかといえば──2002年に初めて発見されて以来、明るさが通常の星ではありえない変化を見せたのもさることながら、どんどん巨大化していったことです。どのくらい大きくなったか、ご説明します。(一説によれば、ですが)もしも太陽系の太陽の位置にこの星の中心を置いたとき、その表面が、な、な、なんと、海王星の軌道まで達してしまうというのです! つまり太陽系のいちばん遠い惑星まで、すっぽり入ってしまう大きさなのです!
現在はその6分の1ほどまで収縮したようですが、それでも木星の軌道近くまでは達します。まさに想像を絶する巨大さではありませんか。
夜空の向こうはへんなやつだらけ!
『へんな星たち』に収められた10の恒星のうち、4個をご紹介しましたが、これだけでも宇宙がへんなやつだらけであることはおわかりいただけたかと思います。
本書にはほかにも、「宇宙人の核廃棄物の捨て場所ではないかと考えられた星」、「墨を吐いて自分の姿をくらますタコみたいな星」、「遠距離恋愛のカップルが久しぶりに会ったような盛り上がりのペア星」、「盛り上がりすぎてついにくっついてしまったペア星」などなど、「なんだこりゃ?」な星がてんこ盛りです。
ぜひ、そのおかしくもリアルな姿を知っていただき、真夏の夜空を見上げて、彼らの「生きざま」に思いをはせてみてください。