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2016.10.09

特集

認知症の人は「引き算の世界」を生きている。失敗しない対話のヒント

厚生労働省の2015年1月の発表によれば、認知症患者は2012年時点で約462万人、65歳以上の高齢者の約7人に1人と推計されています。団塊の世代が75歳以上となる2025年には700万人に達すると推計されていますが、これは65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症を患うという驚異的な割合。もはや認知症は「親も」「自分も」ふつうになる病気であり、決して他人事ではすまなくなっているのです。
認知症患者の言動に振り回され、疲れ果ててしまう介護者も多いようです。話の通じない認知症患者に腹を立て、つい声を荒げてしまったり、頭ごなしに否定しがちですが、彼らがどうしてそういった言動をするのかを理解し、違うアプローチをすることで、驚くほど介護が楽になる場合があります。
今回はそんな魔法のようなコミュニケーションのコツを、ちょっとだけご紹介します。

認知症の人が笑顔になる? そんな声かけ方法があるなんて!?

認知症の人は認知力が衰え、周囲の状況を適確に捉えられなくなるため、不安に陥りやすい傾向があります。その不安が、落ち着かず不穏な行動として表面に出てしまうのです。
一方で、認知症の人がとらえる「事実」は健康な人にとっては「誤り」であるため、介護者が誤りを正そうとして、かえって認知症の人の不安を深めてしまうケースも珍しくありません。

そうした認知症の人の不安を少しでも和らげ、不穏な状態を減らす言葉のかけ方を、わかりやすい文章とマンガで紹介する本をご紹介しましょう。

『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』書影
著:右馬埜節子

著者の右馬埜氏は、豊富な認知症ケアの経験を通して、長年「引き算の介護」を提唱してきました。引き算とはすなわち、認知症の人が見ている/経験している現実に合わせてウソをつくということ。2000以上のケース対応から生まれた確かな技術は、身近に認知症がいる人はもちろん、介護職の人にも大きな支えとなることでしょう。

認知症ってどういう病気?

認知症とは、ひと言で言えば「忘れる病気」です。
人間の脳を壺に見立てて、記憶がその中にたまっていくところを想像してみてください。私たちは、生まれおちてから死ぬまで、学習したことや体験したことをこの「記憶の壺」の中にため込んでいきます。

私たちは、たくさんの記憶を、知識や体験として自分の中に積み上げているのです。いわば記憶を足していき、それが「人となり=人格」となる「足し算の世界」に住んでいるわけです。

この「記憶の壺」が口のほうからだんだん壊れていく状態を想像してみてください。中に入っているもの(=記憶)が、新しいものからどんどんこぼれ落ちていくことになるでしょう。そうやって記憶が失われていくのが、認知症という病気です。だから認知症の人は、足し算とは逆の「引き算の世界」に入ったと言えます。

たとえば私たちは、自宅の階段を上がった拍子に、「あれ? 何で2階に来たんだっけ?」と目的を忘れてしまうことがありますが、改めて1階へ下りると、「ああ、そういえば……」と思い出すことがあります。

ところが、認知症の人は目的を忘れたら忘れっぱなしです。もう思い出すことはありません。直近の出来事となると5分も憶えていられないことさえあります。

不思議なことに、最近の記憶は失われても、30年前、40年前のことは憶えていたりします。これは壺が上から壊れていくためです。だから認知症になると、その人のこれまでの人生が言動にあらわれるようになります。

認知症の人の言動には病気になる前のその人の生活や、その人生の象徴的な部分、すなわち生きざまがあらわれます。「ぼけざまは生きざま」なのです。そしてその人の生きざまが出るからこそ、認知症の症状は十人十色になるのです。

「引き算の言葉かけ」ってどういうもの?

誰でも認知症になると、先に説明した「足し算の世界」から「引き算の世界」へと移っていきます。そして、不可解な行動をとるようになります。

次のマンガは、本書『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』の著者、右馬埜節子さんが初めて「引き算の言葉かけ」を使ったときのお話です。

本文内サンプルコミック1ページ目

本文内サンプルコミック2ページ目

このマンガの「すみません! うちの申告もお願いできませんか?」というセリフが「引き算の言葉かけ」です。

つまり、「引き算」とは、わかりやすく言えば「ウソをつくこと」なのです。この場合、右馬埜さんは、まだ現役の税理士のつもり、今日が申告日のつもりでいるノブオさんに合わせて、現実にはあり得ない“申告”をお願いすることで、彼をデイサービスに連れ出すことに成功しました。

「ウソ」と言うと聞こえが悪いのは百も承知ですが、実はこれが、認知症の人に寄り添うとてもいい方法なのです。

認知症の人は「引き算の世界」、つまり現実とは異なる世界にいます。となると、私たちのほうから彼らの世界に歩み寄る必要がありますが、そのときに架け橋となるものこそ、この「ウソ(=現実と異なること)」、すなわち引き算なのです。それによって、認知症の人が「納得」してくれます。

「説得」してやめさせようとするよりも、むしろ認知症の人のやりたいようにさせてあげることで「納得」を引き出し、よい方向へ導くほうがいいのではないでしょうか。

もちろん、ウソの悪用は絶対に許されないことです。しかし、認知症の人と介護者が争いなく穏やかに過ごすため、愛情を持ってするなら、ぜひ活用したほうがいいと思います。

「引き算」で認知症の人に寄り添ってみよう

「ぼけざまは生きざま」です。引き算はその人の“ぼけざま”に合わせることで、生きざまにも合わせることになるのです。昨今は認知症になっても「その人らしく生きる」ことが大切と言われるようになりましたが、引き算の言葉かけは、その人の生きざまに添っている点で、まさしく「その人らしさ」に配慮した対応と言えるのです。

本書『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』では、著者の右馬埜節子さんが実際に接したさまざまな認知症の人のケースを、マンガを挟みながらわかりやすく、丁寧に解説しています。

認知症のお年寄りは、病気によって生活力が低下していて、しかも不安な気持ちでいっぱいです。誰かが手を貸してあげなければ、その人の生活は危険にさらされかねません。
彼らの心に寄り添う言葉のかけかたの豊富な例を見て、認知症の人との接し方を考えてみてはいかがでしょうか。

『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』書影
著:右馬埜節子

本書『認知症の人がスッと落ち着く言葉かけ』を含む講談社の「介護ライブラリー」シリーズは、イラストをふんだんに使い、丁寧に章立てされたわかりやすい解説が特長です。家族はもちろん介護職従事者の切実な要求に応えられるよう、介護に関するさまざまな疑問を解決する書籍を刊行しています。

認知症の人の行動や気持ちを理解すればもっと寄り添える!

認知症の人の「言ったことを忘れてしまう」「自分の顔すら覚えていない」「言うことを聞いてくれない」という症状は、近しい人をずいぶん動揺させ、悲観させてしまうようです。
でも、私たちの周りにはもともと自分以外の人ばかり。他人が何を考えているかなど理解できようもないし、話してもわかり合えないことだってあります。だからこそ、なにか共通の話題を探ってみたり、いま何を考えてそういう表情をしているかを考えたりして、その人を理解し、コミュニケーションを深めていこうと努力しているわけです。その思いやりを、認知症の人に対しても実践してみませんか?
認知症の人がなぜそういう言動をするのか、彼らは何を考えているのか、ぜひこちらをヒントにしてください。

『認知症の人の不可解な行動がわかる本』書影
監:杉山孝博

認知症の人の言動は分からないことばかりです。しかし、それは私たちの常識の中でのおはなし。認知症の人の常識は私たちとほんの少し違うだけで、不可解な言動もその人なりの理由があるのです。この本ではそうした「なぜそういった行動をとるのか」をやさしく、わかりやすく解説しています。日ごろの対策の大きなヒントになるでしょう。

『認知症の人のつらい気持ちがわかる本』書影
監:杉山孝博

病気になるととても落ち込み、不安になりますが、認知症の人も同じです。この本は600人を越す認知症患者さんへのアンケートから見えた不安や考え方をまとめ、解説したものです。認知症を患う本人がいちばん不安で恐ろしく、孤独で寂しい思いをしていることがわかります。認知症の人と接する機会のある方、彼らの心に寄り添うためのヒントを探してみてください。

『母はハタチの夢を見る』書影
電子あり
著:逢坂みえこ

しっかり者の母が最近、頻繁にうっかりミスをしている。もしかして──。そんなある家族を描いたコミックがこちら。75歳になるお母さんは、認知症によって記憶と言動だけが20歳の頃に戻ってしまい息子や孫たちの顔もわからなくなってしまったのです。家族が驚き、落胆する様を描くいっぽうで、認知症とどのように家族が向き合うかをコミカルに描いています。

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