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2016.06.22

レビュー

【保存版】無知こそ危険な「脳」の教科書。早期教育、うつ、アルツ!

良書である。

「早期教育」「うつ」「環境ホルモン」「睡眠」「視覚」「言葉」「アルツハイマー」「意識」とトピックをわけ、それぞれの分野についてこれだけは知っておくべきだ、という基礎知識を網羅している。多くの専門家に取材しているが、門外漢ならではの質問をぶつけることにより、誰でもわかるようなコメントを引き出している。簡単じゃないよこれは。相当なテクニックが要求されることだ。

本書には、作者の次のような述懐も記載されている。
「私にはこれ以上、脳研究についてやさしく書く自信がない」
これ、作者の気概と矜持のあらわれである。これ以上簡単にできるならしてみやがれ、と言っているのだ。事実、私が接した脳に関する本の中でも、もっとも平易で、わかりやすいもののひとつである。

ただ、ね。
これがいい本だってことは、読む前にわかっていたのだ。

この本、2001年3月にハードカバーで出て、プラットホームを変えながら、もう15年以上出版され続けている。異例の長寿と言っていいだろう。その事実だけで、「ああ、いい本なのだな」とわかったのである。あくまで個人的にだが、古典と呼んでも差し支えないと思っている。

本はふつう、15年も生きない。15年生きるためには、ふたつの条件がクリアされなければならない。

ひとつはツキがあること。いい本でも、すぐ絶版になるものはたくさんある。そうならないためには、相当のツキがなければならない。

もうひとつは、良書であること。ツキだけで15年は絶対に続かない。その本自身が多くの人に求め続けられる良書でなければならないのだ。
この本はそのふたつの条件をクリアした。だから15年生きたのである。いい本の、もっといえば古典の条件はそのふたつだと思っている。

もっとも、15年前の本がいまだに求め続けられていることには、このジャンル独特の不幸があるのではないか。そんな気がしてならない。とくにこれ、科学書/医学書ですよ。そこに限定すると、15年生きた本はほとんどないんじゃないか。

じつは私は脳病を罹患した経験があり、今でも定期的に医師の診断を受けている。その医師が数年前、こう述べたことがある。
「今後、あなたのその能力は失われたままかもしれませんし、復活するかもしれません」
そのときははいと言ってだまって聞いていたが、それって何も言ってないのと同じですよとツッコミを入れようかと思ったのをよく覚えている。失われるかもしれないし、復活するかもしれないって、要するに全部ってことじゃねえか。医者の言うこっちゃねえよ。

しかし、脳科学について多少聞きかじった今では、医師が何を言いたかったかわかる。おそらく彼は、脳の補完機能について述べていたのだ。

たとえばある人が、脳を損傷し、視覚を司る領域を失ったとする。その人は当然、目が見えなくなる……はずなのだが、そうならないことがある。脳の別の部位が仕事を引き受けて、目からの信号を受信しはじめることがあるのだ。

よく考えるとなんだそれなことがわかるだろう。失っても代わりをつとめる場所がある。しかも、その場所は個人によってまちまちだし、代わりが生まれないことも当然ある。要するにどういう法則で動いているのか、まるでわからない。それゆえ「かもしれないし、かもしれぬ」というあいまいな言葉で表現するほかはないのだ。

このように、脳にはよくわからないことがたくさんある。

本書で大きく取り上げられているのは、意識の問題だ。
たとえば、「我思うゆえに我あり」という。そのとき「我」という主体はどこにあるのだろう? 脳だとすれば、それは脳のどこだろう? また、意識が宿る場所を脳と限定してもいいもんだろうか? 手をつねったとき「痛い」と感じるのは脳に刺激が送られているからだが、痛覚を感じているのは手(の神経)である。脳ではない!

こういう疑問も、本書の中には数多く提出されている。これらはきわめてプリミティヴかつ根源的なものであるために(誰もが抱く疑問、と言いかえてもよい)、15年たっても古くならないのだ。つまり、ここに出された謎の多くは、依然として謎のままなのである。

これは脳科学の不幸だろう。15年間進展がないわけではない。大いにあるのだが、それが誰もが抱く謎の抜本的解決に至っていないのである。

再び言おう。
本書は良書である。脳について知るべき基礎知識が網羅されている。脳について語ろうという者はここに紹介された知識は最低限知っていてほしいし、脳に関して議論をしようという者はこれを理解したうえで語ってほしい。詳細は割愛するが、謎が多いゆえに、いろんなウソや迷信がはびこっている世界でもあるからね。本書は、そのことも指摘している。

巻末の対談を養老孟司氏が、解説を茂木健一郎氏が担当している。

レビュアー

草野真一 イメージ
草野真一

早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。

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