「タイムリープあるある」なるものが存在するそうです。タイムリープというのは、現在から未来、あるいは過去へと時間跳躍を行ったり、同じ時間を繰り返したりする、フィクションではお馴染みのSF設定(現象)のことです。
「タイムリープあるある」とは、最初のタイムリープ作品を傑作と思いがちなことなのだとか。そして、次に出会ったタイムリープ作品のことを、最初のタイムリープ作品の二番煎じぐらいに思ってしまうことなのだとか。
僕もこれまでにタイムリープものには何作品も出会ってきましたが、この「あるある」に関しては、寡聞にして知りませんでした。知ったのは、つい最近です。ある雑誌のコラムで知りました。確かに、タイムリープ作品は、その設定の奇抜さから、初めて触れたときにはかなりのインパクトがあるのでしょう。その「未知の衝撃」が、読者に傑作と認識させる。しかし、本当に面白い作品というのは、たとえ既視感を伴ったとしても、読者に幸福な時間をもたらしてくれるものです。
今回紹介させていただく『七日目は夏への扉』もタイムリープ作品です。
主人公の美澄朱音(みすみ・あかね)は、駆け出しの若い翻訳家。モデルのような美人ですが、ちょっと以上に口が悪い。口が悪いのは、不良少女だった頃の名残なのかもしれません。
竹を割ったような性格の彼女は、仕事で海外赴任中の姉夫婦からあずかっている小学5年生の姪、ひびきとふたりで暮らしています。かわいい姪との平穏な日常。しかしそんなある日、大学時代の恋人・森野夏樹(もりの・なつき)の死をきっかけに、おかしな事件に巻き込まれていきます。
森野が運転する車がガードレールを突き破り、10メートル下の崖下に転落。朱音が斜面を滑り降りると、元恋人で高校教師の森野は、謎の言葉を残して絶命してしまう。なぜこんなことになったのか、朱音自身なぜそこにいたのか、それからしてまったく心当たりがありません。すべてがあまりにも唐突で、朱音は夢だと思い込みます。
ところが、そこから少しずつ彼女の日常がおかしくなっていく……。
月曜日の次に、水曜日。その次に日曜日がやって来たりと、時間の流れがおかしい。そのことに、やがて朱音も気づきます。要するに、タイムリープ。そればかりか、森野の死の真相に迫ろうとする朱音に、不穏な影が忍び寄ってきます。朱音は命の危険にさらされながらも、少しずつ謎を紐解いていく。
……という、王道のタイムリープものなのですが、僕が『七日目は夏への扉』で一番魅力的に感じたのは、主人公・朱音の人物造形です。終盤、ともすれば陰惨な結末で幕が下ろされてもおかしくないストーリー展開を、妙にこざっぱりとした雰囲気にできたのは、快活で男勝りな朱音の性格、振る舞いがそうさせたのだと思います。このキャラクターを創造できた時点で、たぶん作者の勝ちです。
プロットの主軸である「森野の死の真相」とは別に、朱音の過去の描写などを読んでいるだけでも面白い。口が悪くて、がさつな印象は抱かせても、不潔なところはなくて、姪を溺愛するその姿にギャップを感じて萌えます。もしかしたら『七日目は夏への扉』は、美澄朱音という特異な人物の、長い自己紹介なのかもしれません。
その朱音が登場する物語は、いまのところ本作と、『ふしぎ古書店』シリーズ(講談社青い鳥文庫)のみです。後者の主人公は、姪のひびき。『ふしぎ古書店』シリーズは小中学生向けなので、『七日目は夏への扉』とは読者の年齢層が違っています。しかし、朱音やひびきにまた会いたくなったら、手に取ってはいかがでしょうか。
僕もこのレビューを執筆している時点で、1巻まで読了しました。『七日目は夏への扉』では、ただただ大人びた印象のひびきですが、彼女が普段どんなことを考えているのかわかります。その上で本作の朱音とのやり取りを再読してみると、味わい深さや、初読とは違った印象を抱けるかもしれません。
レビュアー
1983年夏生まれ。小説家志望。レビュアー。ブログでもときどき書評など書いています。現在、文筆の活動範囲を広げようかと思案中。テレビ観戦がメインですが、サッカーが好き。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。