今、最も人気の昆虫学者、丸山宗利さんと、「ジャポニカ学習帳」の表紙写真で知られる写真家、山口進さん。今回は、『わくわく昆虫記 憧れの虫たち』の撮影秘話、そしてお二人にとっての「いい虫」と「苦手なもの」についてお話いただきました。
1974年東京都で生まれ。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。九州大学総合研究博物館助教。蟻と共生する好蟻性昆虫を研究している。『昆虫はすごい』『アリの巣を巡る冒険』『ツノゼミ ありえない虫』『きらめく甲虫』など、話題の書を刊行し、今注目の昆虫学者。
1948年三重県生まれ。写真家、自然ジャーナリスト。「ジャポニカ学習帳(ショウワノート)」の表紙「世界特写シリーズ」を1978年から現在まで一人で担当。主な著書に『実物大巨大探検図鑑』『地球200周!不思議植物探検記』などがある。NHK「ダーウィンが来た!」などの昆虫撮影を担当している。
──無心に虫のことを考え、虫を見つける“特殊技能”
山口:今回の本では、丸山さんと選んだ虫を一年かけて、ほとんどすべて撮り下ろしました。マイマイカブリのときは、九州の丸山さんを訪ね、一緒に探してもらって、撮影しました。
丸山:学生さんも協力してくれました。
山口:丸山さんが虫を探しているところを見ると、「この人は他の人とちょっと違うな」と感じます。虫を見つけるための“特殊技能”のようなものを持っているように見えます。一見すると、ぼーっとしているようなのに、突然「あ、いましたよ」となるんです(笑)。一箇所だけを見ているんじゃなくて、広く全体を見ながら虫を探しているのかな、という気がします。
『わくわく昆虫記 憧れの虫たち』に載せるため、マイマイカブリを探す丸山先生。マイマイカブリの気持ちになっています。(撮影:山口進)
丸山:自分では特に意識はしていないんですけどね。でも確かに、辺りの風景、日当たりや風向きといった環境は見ています。マイマイカブリなんかの場合は特に環境が重要ですね。斜面の日当たりとか、影のかかり具合とかを考えるんです。
山口:あのときは、越冬中のマイマイカブリを探していました。
丸山:なので、「越冬している虫だったら、冬に暖くなると目覚めてしまうので、温度変化が少ない場所がいいに違いない」というふうに、虫の気持ちになって考えます。すると、やはり日陰の枯れた木がいいんじゃないか、と思って、そういう場所を探してみるんです。
山口:確かに、そんなときの丸山さんはものすごく集中しています。集中しながら、高いところに登ったり、枝をくぐってみたり。「探検家だな」と思います。そして、ちゃんと見つかりましたよね。カエルと一緒に気持ちよさそうに冬眠中のマイマイカブリでした。
「見つけた!」マイマイカブリを手に乗せて嬉しそうな丸山先生。(撮影:山口進)
丸山:いい写真になって嬉しいです。それ以前にも山口さんとは何度かご一緒していますが、カンボジアに行ったのはもう2年前ですよね。
山口:そうそう、それで思い出しましたが、丸山さんは採集目的の旅の最中に、釣りもするんですよ。カンボジアでも、ペルーでも釣りしてましたね。
丸山:海外に行く前に地図を見て、川がありそうだったら釣り竿を持っていくことにしています。
山口:普通、海外で昆虫採集する人は、みんなガツガツするものなんです。寝る間も惜しんで虫を探してしまう。でも、丸山さんは採集の合間に釣りをする。余裕があるんです。
丸山:そうですね、心のゆとりは持ちたいとは思っています。あと、ぼーっと釣りをしているように見えるかもしれませんが、じつは、考えているんです(笑)。無心に虫のことを考えています。次はこれをこう狙ったらいんじゃないか、とか。
山口:無我の境地ですよね。それなら釣りでも大物がかかりそうですが、すごーく小さい魚が釣れたりするんです(笑)。僕も釣りは好きなんですが、昆虫を撮りに行くときはその余裕はないので、丸山さんはさすがだな、と思います。
──「いい虫」と「珍品フィルター」
山口:今回の本には、ルリヒラタムシも入れたかったのですが、どうしても見つからずに掲載を断念しました。
丸山:でも、校了後に撮影できたんですよね。
山口:そうなんです。間に合わずに残念でした。1,300メートルくらいの山の上、たまたま立ち寄った場所で偶然に出会いました。皮が剥がれている桜の木があって、その皮をなんとなくべっと剥いでみたら奥にいたんです。一回逃げられたのを追いかけて撮影したのが、この一枚です。
校了後に出会ったルリヒラタムシ。珍品度の高いいい虫。(撮影:山口進)
丸山:ルリヒラタムシはいい虫です。これも子どもの頃、憧れ続けて、高校の山岳部の合宿に行ったときにようやく実物を見ました。八ヶ岳だったか、南アルプスだったか、標高の高いところだったと思います。
山口:丸山さんにとっての「いい虫」って、他にどんなのがいますか?
丸山:うーん、たくさんありすぎて難しいですね。例えば、今回の本でも紹介したダイコクコガネとか、皆好きですよね、きっと。
山口:珍しくて、形がかっこいいから、虫屋(注1)は皆、好きですよね。
丸山:かっこよくても普通種になっちゃうと、「いい虫」じゃなかったりしますよね。
山口:僕なんか、ナナホシテントウなんて、普通だけれどいい虫だなと思います。春の日差しを受けて、あの赤と黒の模様の虫がそのへんに歩いているという。春先の情景、あの空気感というのかな。ゴマダラカミキリだって、表紙のこの写真だったらいい虫。ただ、僕のよく行くところには、イタドリか何かの葉っぱにもういっぱいいるんです。そういうときはいい虫だとは思わない。情景によるんです。ミヤマクワガタは、どこから見てもいい虫ですよね。ひとつには子どもの頃の記憶もある。子どもの頃にとてもいい思い出になった虫は、いい虫なんです。
丸山:そうですね。あとはアゲハチョウなんかもいい虫ですね。
山口:特に春型ね。小さくてきれいです。春先、まだ他のチョウチョがいないときに出てくるというのもいい。
丸山:やはり、「珍品フィルター」みたいのがあるんですよね。我々の悪い癖です。それを取り払うと、違う世界になるかもしれない。
(注1)虫屋【むしや】:昆虫愛好家のこと。単なる採集や飼育にとどまらず、昆虫に人生を捧げているようなニュアンスを含む。専門に応じて、チョウ屋、蛾屋、カミキリ屋などと分類して呼ばれる。
──イモムシだけはどうしても……。
山口:ルリヒラタムシは珍品度が高いですが、今回の本ではじつは、カマドウマも最後まで撮影に苦労して、なんとかギリギリのタイミングでマダラカマドウマを撮って入稿したんです。ところが先日、オオトラカミキリの撮影のために、富士山の樹海の中を歩いていたとき、朽ち木をひっくり返していったら、カマドウマがびゃっと出てきた。そして周りをみたら木の下にいっぱいいたんです。
丸山:カマドウマは、一般的には嫌われ者ですが、僕は好きな虫です。
山口:丸山さんは、イモムシ系が苦手なんですよね。僕もそうです。イモムシとかヘビとか。でも、採集していたら、イモムシも見つけてしまいませんか?
丸山:僕は、イモムシは見つけないように特に気をつけています。「ここの幹にいたらどうしよう」などと細心の注意を払っているんです。ところが、そのせいでかえってよく見つけてしまいます。
山口:珍しいイモムシを見つけてしまったときは、どうしますか?
丸山:すごく珍しいのに出会ったことはないんですが、この前、ケニアで15センチメートルはあるかという大きなカレハガの幼虫を見つけました。それはさすがに立派だったので撮影しました。遠目に、ですが。
山口:集団でいましたか? 一匹ですか?
丸山:一匹でした。
山口:南アフリカやボツワナなどで、食用にするカレハガの幼虫があるんです。バウヒニアという植物があって、それを食べているんです。そういえば、最近の、虫ガールと言われる方たちは、結構、イモムシ好きな人が多いんですよね。それを飼育したり、手乗りにしたりしているんです。手乗りイモムシ(笑)。あとはカメムシ。カメムシなんか皆さんとても詳しいですよ。
丸山:カメムシは種類も多くて捕まえやすいので、楽しいと思いますよ。においもそれぞれに違うので、嗅いでみることをおすすめします。
■山口進さんが撮った昆虫の写真をInstagram(wakuwaku_konchuki)で公開中!
https://www.instagram.com/wakuwaku_konchuki/