生涯で一度きりの、命がけの恋。それは美しい悲恋か、陰謀の罠か?
第二次大戦前夜、日本に墜落したフランス人飛行士と日本人看護婦の許されざる恋。
80年後、歴史の闇に秘められた恋の謎を追って、一人の娘が旅立った──。
内容紹介
1936年、九州帝国大学附属病院の看護婦・久美子は、墜落して重傷を負った飛行士アンドレ・ジャピーと出会う。 言葉も通じないふたりの間に、いつしか燃えあがった短くも激しい恋、そして切なくも残酷な別れ……。
80年後、久美子の血を引く26歳のあやめは、ふたりが病室で写る1枚の古い写真から、不可解な物語をたどっていくことになる。 残された古い懐中時計を手掛かりに、日本からフランスへ、恋の謎をたどるなかで、あやめの傷ついた心は再生していく──。みずみずしくも濃密に描かれる恋の切なさ、闇に彩られた歴史のロマンを描く、髙樹のぶ子の新たな代表作。
著者メッセージ
1936年11月のこと、パリから東京羽田に向かって、たった一人の操縦で昼夜休まず飛び続けて来た単発機があった。操縦していたのはフランス人飛行家アンドレ・ジャピーで、彼は莫大な懸賞金が懸かった100時間懸賞飛行に挑戦したのだ。そして目的地羽田を前にして、私が暮らす福岡と、佐賀の神埼(かんざき)を隔てる標高1055メートルの背振山(せふりさん)に激突した。
サン・テグジュペリが地中海や南米へ飛び、リビアの砂漠に墜落して「星の王子さま」を書いた時代のこと。大航海時代ならぬ大航空時代である。
アンドレは背振山に激突し、瀕死の状態で地元の炭焼たちに救出された。帝国大学附属病院で手術を受け、見事空に復活した。その事実は美談として教科書にも載ったけれど、事実には裏もある。裏の方が面白い。裏には秘められた恋も別れもあり、軍靴の音が近づく中、時代の魔の手も伸びていた。
アンドレ・ジャピーはフランス東部のスイスに近いボークール市の出身で、この市にはジャピー一族が建てた幾つもの城がある。ジャピー一族の歴史は17世紀から始まり、フランスの技術革新に大きな力を発揮し、今も様々な産業分野を陰で牛耳っている。アンドレはその正統な系譜から外れ、空の子となった男。しかもかなりのハンサムで、空飛ぶ貴公子と呼んでも良いルクス。
久々に私に恋がやってきた。恋がロマンを連れてきた。
恋愛小説の名手・髙樹のぶ子さんが新刊『オライオン飛行』について語ります。(YouTube)
髙樹のぶ子(たかぎ・のぶこ)
1946年山口県防府市生まれ。東京女子大学短期大学部教育学科卒業後、出版社勤務を経て、1980年「その細き道」を「文學界」に発表。1984年「光抱く友よ」で芥川賞、1995年『水脈』で女流文学賞、1999年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2006年『HOKKAI』で芸術選奨文部科学大臣賞、2010年「トモスイ」で川端康成文学賞を受賞。2009年紫綬褒章受章。他の著書に『満水子』『マイマイ新子』『甘苦上海』『飛水』『マルセル』『香夜』『少女霊異記』など多数。
書店員さんからのメッセージ
●とてもせつない気持ちになる。 遠くで見守らなければならなかった。 見守るより祈るしかなかったであろう日々。 でもここには確かな愛がある。 その愛は残された人々を結びつける。 強い愛がここにはある。 大人の方々への恋愛小説だ。● 国と言葉を越えた密やかながらも激しい恋。少し苦みのある狂おしい程の甘美な世界は、今を生きる人々の心へ何物にも変えがたい余韻を残してくれるのではないでしょうか。
●切ない物語に胸が震えました。 秘められた恋の真相にたどりついたあやめが立ち直る姿に感動しました。
●あやめと一良のコンビがなんだか微笑ましく、久美子とアンドレを追ううちに、現代の二人が再生というか、元気を取り戻していく様子に励まされました。
●もしサン=テグジュペリがこの作品を読んだとしたら、きっと自分の書棚にそっと差しておくに違いない。実在の事件に絡めて、まるでホントウにあった恋に仕上げた筆力はさすが。感服です!
●重層的な読み方のできる恋愛小説だと感じました。記憶に囚われる人物が多く登場するなか、最も印象的だったのはあやめです。コンプレックスゆえに自ら未来を閉じ、久美子という幻想のなかで生きている彼女が、幻想を実際に追うことで、自分の殻を破いてゆく。あやめが変化していく姿に、清々しさを覚えました。
●これは何という鮮やかな作品なのだろう……激しく胸を打ち、心を溶かし、肌に突き刺さるような感情……身体の奥底から湧きあがるような高揚感とミステリアスで静謐な空気感が印象的。時を超えて魂は憑依し、物語ることによって過去と今とが確かにつながる。ままならぬ運命を描ききったこの一冊には凄まじいパワーがある。