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2016.09.19

レビュー

【宗教と政治】左右など越えた理想国家。優れた保守とは何か?

──安倍政権は、旧態依然たる経済発展至上主義を掲げるだけでなく、一内閣による憲法解釈の変更で「集団的自衛権」を行使できるとする“解釈改憲”を強行し、国会での優勢を利用して11本の安全保障関連法案を一気に可決しました。これは、同政権の古い歴史認識に鑑みて、中国や韓国などの周辺諸国との軋轢を増し、平和共存の道から遠ざかる可能性を生んでいます。また、同政権は、民主政治が機能不全に陥った時代の日本社会を美化するような主張を行い、真実の報道によって政治をチェックすべき報道機関に対しては、政権に有利な方向に圧力を加える一方で、教科書の選定に深く介入するなど、国民の世論形成や青少年の思想形成にじわじわと影響力を及ぼしつつあります。──

先の参議院選挙にあたって「成長の家」が発表したコメントです。さらに最近とみに話題になっている「日本会議」に対しても「成長の家」は「歴史的役割を終わった主張に固執」と手厳しい指摘をしています。

この「成長の家」と「日本会議」にはかつては深い関わりがありました。その流れを知る生き証人がこの本の主人公、村上正邦さんです。とはいってもそのような内幕ものの面白さという本ではありません。優れた“保守”がどのように生まれ、その背後にある理念や団体(この場合は成長の家)が何を考えてきていたかを明らかにした好著です。

村上さんと言えばかつては“参院のドン”とも“村上天皇”とも呼ばれた自民党の大物政治家で、小渕首相が倒れた時、森喜朗首相を作り上げた密室会議を行った5人組の一人としても知られています。その後2001年のKSDの贈収賄事件で有罪判決を受け、政界を引退しました。

この本は下獄する前に魚住さんが行ったロングインタビューです。また徹頭徹尾、「成長の家」の誌友、信者であり、堂々とその影響下の政治家であることを公言していた政治家の言行録として、日本の政治と宗教(とりわけ神道)との関わりを明らかにしたものとして極めて興味深いものがあります。

村上さんが一貫して私淑していた「成長の家」の創始者・谷口雅春の思想とはどのようなものだったのでしょうか。戦時中は聖戦完遂を唱え、軍国主義を支えた組織として知られています。戦後は元号法制化の急先鋒としてなど、戦後体制に保守の側から異議を唱えていました。

ところで、魚住さんが言うように最近は「論壇とか政界で『右派』の力がすごく強くなってきている」といわれますが、保守政治家として村上さんはこの動きを歓迎しているのでしょうか。意外な言葉を語っています。
──私が政治に関わり、生長の家の谷口雅春先生の教えに触れて以来、思い描いてきた国家のありかたというのは、今の日本のように腐敗した官僚たちと、庶民の生活とかけ離れた政治家たちが好き勝手なことをやる国家ではありませんでした。彼らは特権にしがみつき、厚顔無恥な権力集団と化してしまいました。私は今度の事件(KSDの贈収賄事件)に遭遇して初めて、自分がイメージした、自分が愛した国家と現実の国家がまったく別物であることに気づかされました。──

これは痛切な声というべきでしょう。村上さんが「成長の家」に見ていた国家とはどのようなものだったのでしょうか。それは、天皇制家長原理に貫かれた、農本主義的な社稷国家であり、そこには家族国家といったものの姿がうかがえるように思われます。

実はこのような保守の形には左右のイデオロギーを越えたものすらあったのです。この本でも魚住さんが取材した鈴木邦男さん(政治団体「一水会」元最高顧問)のこんな言葉が収められています。
──僕が学生のころはまだ、右翼運動のなかに自由があった。愛国心を疑う自由さえあったけど、いまは『愛国心を持つのは当たり前じゃないか』『韓国や中国になめられるな』、挙げ句に『核武装だ!』なんて滅茶苦茶なことまで言い出している。本当の覚悟も何もなしに、自分と国家がすぐにポンと一体になっちゃうんですね。──

保守はもっと懐が深かった……それに比べて恐ろしく幼稚化した現在の保守・右翼の姿がうかがえるようです。この姿の延長に現在のヘイトスピーチを行う団体やネトウヨというものが現れました。そこには村上さんが願っているような相互扶助的な関係などというものはありません。他者を貶めて自らを尊しとする傲岸不遜な強者志向があるだけです。そしてそれを鏡に映しているような、劣化した保守政権があるというのが私たちの現在なのでしょう。

かつては輝かしい国があった、というのが村上さんの心の奥にあるものでした。その思いは九州の炭鉱で厳しい労働をしていた青年時代からあったものだったようです。その“かつての日本の栄光”は苦しい生活から民衆を救いだす希望でもありました。村上さんが政治家を目指したのもこの栄光を再びもたらすことでの救世済民というものでした。

村上さんの行動原理を支えるものとして「成長の家」の谷口雅春の存在がありました。興味深いことに村上さんは一貫して谷口雅春を称揚していますが、必ずしも「成長の家」の組織そのものを称揚しているようには見えないことです。

一方、「成長の家」(もちろん谷口雅春も)は戦後の危機にあたって政治家を作り出し、影響力を回復しようと考えました。そして教団が担いだのが玉置和郎であり、村上さん自身だったのです。

元号法制化等で「成長の家」はその存在を強く政界に印象づけたものの、次第に政治の世界から距離を置くようになりました。谷口雅宣氏が3代目の「成長の家」総裁になるとその流れはさらに加速されていきました。この時、かつて政治活動を行っていたグループが日本青年協議会を結成し、神社本庁の流れを汲むグループ、日本を守る青年会議と合体し日本会議の結成となったのです。村上さんはこの「成長の家」の脱政治過程と日本会議の結成過程を見据えながら政治家として活動していたといっていいのではないでしょうか。

ここには大きな逆説が潜んでいます。実は、「成長の家」の脱政治が最近の政治周辺の幼児化とでもいっていい右傾化をもたらしたのです。村上さん本人は現在の保守(右傾化)に肯定的ではありません。むしろ否定的です。
──でもね、今の自公連立政権、今の二世三世の議員たちのやることを見ていると、彼らの手で憲法改正なんかやってほしくないですね。彼らは自民党の世襲制度のなかから出てきた議員たちですから、一般庶民の生活も知らなければ苦労も分からない。彼らは親の財産をそのまま受け継いで努力も何もしない。彼らが政治を支配している限り、日本の国は堕落してしまう。──

国会では民主主義が瓦解し、「独裁の世界の住人たち」ばかりです。
──政治というのは、いろいろな議論、いろいろな人たちの意見が出てくる場です。国会ではそのいろんな立場の人たちの利害がぶつかり合って、初めて法案が成立する。それが民主主義なんです。──

絶大な権力を持ったこともあった村上さんでしたが、その力を持ってしても村上さんの理想のかなえることはできなかったのでしょう。それは理想が間違っていたのでしょうか、その実現の手法をたがえたのでしょうか、そのどちらでもだったのでしょうか。

村上さんからみれば今の保守(右翼)は“反グレ”みたいなものなのかもしれません。
──カネと政治にまつわる問題だけではありません。日本人のモラルが極端に低下しています。子殺し、この親殺しなど悲惨な事件が日常茶飯事のように、連日、新聞テレビで報道され、いたたまれない思いに駆られています。──

今の日本は村上さんにとって美しい国どころか少しも誇りにできない国家です。左右のイデオロギーを越えて感じることの多い1冊です。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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