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2016.08.07

レビュー

ファシズムと民主主義は同床異夢──戦前・戦時下の日記が凄い!

昭和の戦争はなんであったのか、井上さんは3つの特徴をあげています。
1.戦前昭和は立憲君主制の危機の時代だった。
2.戦前昭和は戦争と平和、「ファシズム」と民主主義の相互作用が国内体制の変容をもたらす時代だった。
3.戦前昭和は日本がはじめて経験する全体戦争の時代だった。

2.について井上さんはこう記しています。
──「ファシズム」と民主主義は紙一重だったことを確認すれば、それで足りると考えたからである。一方の政治勢力は「ファシズム」体制の確立を求めて、戦争をはじめる。他方の政治勢力は平和と民主主義を守ろうとする。この対抗関係において、戦前昭和の歴史は、前者の勝利=後者の敗北の歴史ではなかった。両者は同床異夢の関係だった。前者は国家の富もすべての社会階層の国民も戦争に総動員しようとした。後者は戦争のもとでの平等、国家による富の再分配を求めた。戦時体制は格差を是正して社会の平準化をもたらすかのようにみえた。──

ファシズムと民主主義は必ずしも対立したものではないという厳しく恐ろしい認識が語られています。戦争はしばしば一握りの軍人、政治家が起こしたように語られがちです。けれどそれは一面的だと思います。戦争は天災のように起きるものでも、やってくるものでもありません。起こすものです。それは国家意思として集約されたものの結果でもあると思います。“一握りの軍人、政治家”に権力を委ね、集中させた結果、権力の暴走が始まりました。であるならば“権力を委ね、集中させた”原因を探る必要があります。

この本は政治家、軍人(支配層=権力者層)の日記だけでなく、永井荷風、古川ロッパ、山田風太郎らの文学者や評論家の日記を用いて、戦争へいたる道を浮き彫りにした傑作です。

なぜ日記なのか……、
──日記は融通無碍(ゆうずうむげ)な記録方法といってよい。政治家は時に自己正当化と弁明を意識しながら日記を書く。軍人は作業日誌のような戦闘詳報を綴る。作家はのちに作品として公開することを前提に日記を記す。市井(しせい)の人が明日をも知れぬ戦時下に粗末な紙のノートに身近な出来事を書きつける。これらの日記の細部に戦争の本質が顕現する。──

数多く引用された日記が教える“時代の本質”は窮乏化する日本とその中で拡大し続ける格差というものでした。満州事変から一時のあいだ「日本国内は戦争景気に沸いて」いました。けれどこの軍需産業に下支えされた「戦時経済体制は脆弱」だったのです。「財界日録」には早くも統制強化による自由主義経済体制の解体への危惧が記されていました。「小康」状態は続きませんでした。

満州事変後の政治家の日記にも、事変自体の深刻さの認識があるようには思えません。それ以前に事変は政争の具と化していたように思えます。満州事変が引き起こしたもの、国内だけでなく国際間の問題を当時の政治家・軍人等の支配層はどこまで正確に認識していたのでしょうか、疑わしくなってしまいます。

国威の発揚、局面の打開などと政治家・軍人が声高に言っている中で、それがいかにうつろなものなのかを感じさせる日記もあります。経済的な締め付けを記した永井荷風の日記には統制にしたがう大衆やそれを強引に推し進める政府への苦々しい思いが綴られています。また美食家で知られた古川ロッパが感じた不自由さ、それでもひとときの安定をもたらした“戦争経済”に感謝せざるをえないロッパの日記……そこには、大衆が日中戦争開始までの日々をどのように感じて生きてきたかがうかがえるようです。

多くの引用された日記からうかがわれるのは“戦争下の日常”の不気味さとでもいったものでしょうか。伊藤整がこんな日記を残しています。

──「東条内閣は戦わないことになっている。そして内部の不平をおさえるために内相も兼ねている」。伊藤はこのような観測を「ほぼ信じ、のん気になっていた」。実際のところ、東条の意図はそうだった。伊藤は「のん気」だったというよりも、正確に状況を判断していた。──

さらに伊藤は米英との戦争が「怖ろしい」と考えていました。けれど、「緒戦の勝利」がつたえられると、
──真珠湾奇襲攻撃の成功の高揚感は伊藤を幻惑する。伊藤は海戦翌日の日記に記す。「今日は人々みな喜色ありて明るい。昨日とはまるで違う。これはハワイにて米艦数隻打破の結果也」。伊藤は戦争支持者になる。──

米英との戦争でなにか鬱屈したものが晴れた云々という声は当時の高名な文学者たちもどこかで記していたと思いますが、なぜそう感じたでしょうか。おそらく満州事変以降の日中戦争の行方が誰にも分からない、出口なしの状態になっていたことを感じていたからではないでしょうか。“戦力の逐次投入”の愚行と同じに、国家目標も定めることができず、安定、格差縮小、経済成長での富国、はては国際平和までの“理念の逐次投入”に民心に不安をいだかせたのです

──戦争は体制変革と体制破壊の二つの作用を併せ持つ。このような戦争の機能に依存する新体制の追求の末路は、帝国日本の崩壊だった。平和と民主主義は、協調外交と政党政治の相乗効果によって発展する。戦前昭和の歴史は、定跡どおりの選択をすることの重要性を示唆している。──

自国内、もしくは同盟国間でしか通用しない“平和”の追求は必ず破綻します。この愚行は今もまだ続いています、イラク戦争がそうであったように……。

井上さんはこう記しています。
──のちの世代の私たちは、古川ロッパや山田風太郎のような同時代の人びとに感情移入する。荒廃した風景のなかで、死に直面しながら生きる希望を失わない。そんな同時代の人びとになぜ戦争に反対しなかったのかと問いかけることは、的外れである。──

これもまた厳しい認識だと思います。時代の中で“生きる”ことの難しさを語っています。だからこそ……、
──のちの世代が知るのは全体戦争の一部分にとどまる。読まなくてはならないのは、日記の記述だけでなく、日記の行間である。歴史的想像力をもって日記の記述と行間を読む時、全体戦争の全体像が浮かび上がるだろう。──

さまざまな耳障りのいい理念に取り巻かれた現在の私たち、それに惑わされることなく生きるにはどうしたらいいのか、そのようなことも考えさせてくれる1冊でした。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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