戦争は人知を超えた悲劇をもたらします。戦争をコントロールすることなどできるわけがありません。それは人間集団が他の人間集団を完全にコントロールなどできないのと同じです。逆説的ですがイラク支援にあたって当時の小泉純一郎総理が「どこが戦闘地域で、どこが非戦闘地域か、今、私に聞かれたって分かるわけがない」という答弁が国会でなされましたが、戦闘も戦争も始まってからでは誰もコントロールできないものだと思います。
この本には戦争に翻弄された人を描いた2本の作品が収められています。
「祖国への進軍」ではハワイ生まれの日系2世、比嘉武二郎さんのドキュメントです。生まれはハワイですが2歳の時に母と共に母の故郷沖縄に戻ることになりました。比嘉さんが沖縄で育った日々は日本が戦争へと歩みを進めていく日々と重なっていました。
そのころ沖縄では“方言撲滅運動”というものが政府主導で学校教育の場で強制的に指導されていました。方言を使ったものは“方言札”というものを首からかけさせるというものでした。この運動は国家への忠誠心を植え付けるという面もあったのです。言葉はもちろん文化です。それを強制的に奪うというのは国家による文化破壊、文化統制というものでもあったのです。この運動はまた、軍国教育とあいまって沖縄を軍事色一色に塗り込めるものでもあったのです。
そしてはじまった日中戦争。比嘉さんは戦争を嫌い、故郷のハワイに戻ることになります。
けれどその地でも平和の日々は続きませんでした。日本軍の真珠湾攻撃です。太平洋戦争の始まりです。そして比嘉さんは陸軍情報部の語学兵として志願することになったのです。ここには日系2世としての苦しい立場、周囲からの目もあったのでしょう。
転戦する比嘉さんは運命に翻弄されるように沖縄での戦闘に加わることになりました。激しい戦闘の中で比嘉さんは民間人の保護のため投降を呼びかける行動にでました、子どもの頃に使っていた“文化である方言”を使って。
けれどそのことに気づいた軍司令部は「方言を使った者はスパイとみなして処分する」という理不尽な軍令、指令をするのです。
そのなかで比嘉さんがとった行動は……。
「ヌチドゥ タカラ!!(命は宝なんだ)」
という心からの叫びにつながるシーン、そしてその後の沖縄を語るラストは私たちの過去を痛切に思い起こさせるものです、忘れてはいけないものとして。
この本にはもう一作「戦火の約束」が収録されています。戦争記録画を描き続けている滝口岩夫さんのドキュメントです。なぜ滝口さんが自らの戦場体験を描き続けているのか、そこにはある捕虜となったアメリカ兵との約束があったのです。ジャングルの中での転戦。死体で埋め尽くされた“白骨街道”での彷徨、かろうじて基地へ生還した滝口さんは苛烈な戦闘の合間に記録画を書き続けることを決心したのです。あの捕虜とのひとつの約束を果たすために……。
その約束とは「生き残った者が平和のために尽くす」というものでした。その約束を胸にひたすら描き続けた記録画……。そしてむかえた終戦の時。けれど彼の描き続けた絵は秘密保持の名目で焼き尽くされてしまいます。俘虜生活そして復員……。
戦争後遺症に悩まされた滝口さんの夢枕にあのアメリカ兵が現れました、7日間続けて……。滝口さんはそれは啓示でもあったのでしょう。その日から滝口さんは脳裏に残るものを描き始めました。それは数千枚にものぼるものでした。
それは戦争の愚かさを伝えるともに、あの日の約束を果たし続けることでもあったのです。
私たちが学ばなければならないものは、いつも過去にあります。そのためにもこのような作品は読み継がれ、考え継がれ、学び継がれなければならないのではないでしょうか。
レビュアー
編集者とデザイナーによる覆面書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。