はじめに断っておこう。私は障がい者である。まっとうに歩いたりモノを持ったりすることができない。しかも、数年前まで、なんの障がいもなく「ふつうの人」として社会人をやっていた過去をもつ。
だから言えるんだ。おまえは自意識過剰だってね。
相模原市の施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件は、大きな話題を呼んだ。
テレビでもさまざまな特集番組が組まれたが、印象的だったのは障がい者をコメンテーターに迎えて制作されたある番組である。事件そのものよりも、その障がい者のコメントが心に残った。
その人はこんな意見を述べたのだ。
「誰でも、事件の犯人とされる男と同じ思想を持っていると思うんです。障がい者を見ると、みんな同じ考えを持つと思うんです」
思想とは「障がい者を殺せば税金が浮く」という考えのことである。
思想の是非はさておき、これは事実である。障がい者とは、ただ生きるだけで税金を使う存在なのだ。障がい者福祉とは要するに、あなたは「ふつうの人」と同じように働けないので、特別な措置を講じます、ということである。「特別な措置」とは税金投入以外の何物でもない。
もっとも、障がい者を見たからってすぐに税金に考えが行くかっていうと、そんなことはない。だから自意識過剰と思ったのである。まあテレビだから言っておきたかったのかもしれないけど。
自分がいわゆる「健常者」であったころ、障がい者を見て税金のことはまったく考えなかった。かわいそうだなあ、ぐらいは思ったかもしれないが、感想と言えばそのぐらいだ。そういう人は社会にいるもんだと思っていたから、空気のように何も感じなかった。かりに生存に税金が投入されていると聞いても、当然だと思うだけだったろう。学校や道路や公園に税金が使われていることを云々する人がほとんどいないように、障がい者福祉についても、同じだと思っていた。統計をとったわけじゃないが、それがたいがいの「ふつうの人」の考え方だろう。
だから自意識過剰だと思ったんだ。みんな、あなたがどういうふうに生きているかなんて気にしちゃいないよ。学校や道路や公園がどうやってつくられているか考える人がほとんどいないのと同じように、あなたの生存に税金が使われてることなんか考えやしない。
もっとも、そんな過剰な自意識が育ってしまうのも、仕方ないとは言えるのだ。なにより大きいのは、健常者と障がい者との間に、対話が成立する機会がないためである。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」とは、その名のとおり真っ暗闇の中で他者との対話を成立させるイベントである。現在では東京外苑前で常設展開されているが、当初は年に1度しか開催されないスペシャルなイベントだった。
暗闇の案内人となるのは、視覚障害者、すなわち盲目の人である。彼らはあたりが暗くても明るくてもふだんと同じように行動する。したがって、ふつうの人が暗闇の中で右往左往する中で、スイスイ動くことができるのだ。盲人のこのたぐいまれな能力および自分の無力さに気づくことができるのも、「暗闇での対話」の重要な要素のひとつなっている。
(「要するにこれって、真崎守の『闇しばり』じゃん」と気づいたあなたは相当な年寄りないしはマンガ読みです。「少年マガジン」連載作だから記しておきます)
本書は’90年代に新聞記事から欧州でこのイベントが行われていることを知った著者が、これを日本に輸入し、次第に協力者を増やして健全経営の常設イベントに成長させるまでを綴ったドキュメントである。以前似たようなことやってたせいかもしれないが、いろいろ身にしみるところがあった。それもあわせて、とても貴重な読書体験だった。
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」はスタッフの6割以上が視覚障害者という営利団体としてはたいへん珍しい構成になっている。本書で印象ぶかいのは、盲目のブルガリア人女性がスタッフの指導のために来日するところだ。
彼女は開口一番、スタッフにこう語ったという。
「私はあなたたちに嫌われるためにここに来た」
セリフ自体は、ハッキリ言ってめずらしいものではない。甲子園優勝チームの監督の発言を調べりゃたぶんある。他にも、功を上げた経営者、指導者、これと同じことを言ってる人はいくらもある。ありふれたセリフだよ、これ。
だが、視覚障害者にこれを言える人は少ない。なぜって、相手の立場を必要以上に考えてしまうからだ。盲目であることの不自由さを考えてしまい、思っていることをストレートに伝えられなくなってしまう。高校球児に言うのの100倍は難しいだろう。
彼女がこれをストレートに言えたのは、彼女自身が視覚障害者であり、外国人であることが大きい。つまり、視覚障害者もマイノリティ、外国人もマイノリティ、二重のマイノリティであることが、この発言を可能にしたと言える。
冒頭で、テレビ番組のコメンテーターとして出演した人を「自意識過剰だ」と批判したけれど、これが言えるのだって私が障がい者だからである。自分が五体満足だったら言えなかっただろう。(おお、障がい者であることが役に立ったぞ!)
なぜ言えないのか。やはり、対話がないためだろう。相手がどういう立場なのか、どこまで言うことが許されるのか、まさに暗闇の中にいるようにわからないから、腫れ物にさわるように遠慮した扱いになってしまう。厳しいことは言えなくなってしまう。(たまにネットで障がい者批判を見ることがあるけれど、たいがいは自分の身分を明かさず言ってるクソッタレだ。おまえらみたいのを卑怯者っていうんだよ)
「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」の暗闇体験は、断じて視覚障害者の立場を疑似体験するだけのものではない。だが、視覚障害者に活躍の場を与えるとともに、彼らとの対話の機会を得る大事な場所になることができている。素晴らしい。こういう場所が他にもあるといいんだけどね。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。