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2016.08.29

レビュー

組織の課題が見えてくる思考── 怪しい会社常識「17の落とし穴」

「当社のトップには、明確なビジョンがない。明確なビジョンがないから、戦略がころころ変わる」
「当社は、いつも好き嫌いで戦略の方向性を決めるところに問題があるのではないか」
「環境の変化が激しくて競争が大きく変わろうとしているのに、社員の危機感が薄い」
「部門間のセクショナリズムのために、社内コミュニケーションが阻害され部門間の連携がうまくいかない」
「トップは現場のことを知らなさすぎる。もっと現場に行き、現場の人間の意見を聞くべきだ」

どれもなんとなく聞き覚えがあったり、あるいはどこかで(例えば一杯やりながらとか)口にした覚えがあるような設問、疑問、感想ではないでしょうか。おそらくほとんどの人が思わず「そうなんだよなあ」とか「ウチもそうだけど、オタクもかあ」とか「わかる、わかる」と同情混じりに喋っていることありませんか。

この“常識化した思考”に“待った”をかけたのがこの本です。読み進めるにつれて目からどんどんウロコが落ちてきます。実に多くのウロコが目を覆っていたことに気づきます。

たとえば「うちにはビジョンがないから戦略がころころ変わる」には、清水さんは“そもそも”ビジョンがあれば成功するのでしょうかと疑問を呈します。

──ビジョンが企業の「存在意義」「価値観」を表すとすれば、「顧客第一」「社会への貢献」「社員の満足」といった考え方が入ってこない企業はないでしょう。ただ、こうした点は、企業がそもそも収益を上げるため存在することを含めて「当たり前」のことすぎるような気がします。わざわざ委員会をつくって、広告代理店やらコンサルタントを雇って「発表」するようなことなのでしょうか。(略)こうした「当たり前のビジョン」は本当に必要なのでしょうか──

こうした“すべて”へ向けてのビジョンは、実は誰にも向いていないものなのです。「必要なのは、砂糖菓子のような、誰もが好きで、逆に言えば毒にも薬にもならないビジョンではなく、『自己主張』を持ったビジョン」なのです。

差別化のないビジョンは「床の間(あるいはホームページ)」の飾りでしかありません。
──ビジョンを突き詰めれば、八方美人的な「顧客満足」よりも「ファンになるお客様をつくること」であり、漠然とした「社員満足」よりも「好きな社員だけが残る」ことを考える、「差別化宣言」というべきではないでしょうか。──

注意すべきなのはここに「好き・嫌い」が持つ重要性が顔を出しているということです。組織というとすぐに合理性や客観性が重視され、感情や好き嫌いを排しがちです。確かに経営者の「感情的な決断」「思い込み」が失敗につながることはあります。
──感情がマイナスに働くことも多々あります。しかし、(略)何かが感情を動かし、情熱に火をつけたときに、人は自らつくった限界を超えることができ、組織はシナジー(相乗効果)を生み出すのです。──

人が行動を起こす元には“感情”があります。「人間から感情を取り除ける」というのは清水さんがいうようにできないことです。それどころか先のビジョンに必要な「差別化」も決して感情と無縁ではありません。
──トップの好き嫌い、強い願望とは、突き詰めればその会社の経営の根幹をなす「価値観」であり、それが「差別化」の出発点になるのです。──

もちろん単なる“感情優先”ということではありません。それは誤った常識を逆立ちさせたことでしかないからです。清水さんがいうように「好き嫌い」「感情」という言葉は「他人を非難し自分を正当化するには大変便利」なレッテルです。取り扱いには注意が必要です。でも、だからといって「好き嫌い」「感情」がもたらすエネルギーを無視してはいけません。

それ以外の問いはどうでしょうか。トップと現場の“齟齬”もよく聴かれます。実はそれを引き起こしているのは私たちがいつの間にか身につけてしまった「組織のべき論」というものです。
──「トップは現場のことをわかっていない」、一方で「現場は、なぜこんなことがわからないのか」といった不満が出る。その背景には、当然、「トップはもっと現場のことを知って判断するべきだ」「現場はトップの方針をもっと理解するべきだ」という「組織のべき論」が前提として存在します。「組織のべき論」は理屈としては正しいものの(誰にも否定できません)、現実としては自分のことを棚に上げて、一方的に相手に要求する自己防衛の言い回しになりかねません。──

しかもこの「べき論」には何をもって、それら(現場の理解、トップの理解)が満たされたことになるのかがわかりません。ここにあるのはトップと現場の「共有の不在」といったものだからです。ゴールのない問いかけになっているのです。

これらの問いと答え(=反応)のすれ違いはどこからくるのでしょうか。

それは私たちが「常識と思って前提」としている考え方が「当たり前」でないことに気がついていないからです。これがこの本で清水さんが問いかけたものです。
──周りの人がいろいろ言っているから「常識」のような気がしているだけで、本当はなぜそれが常識なのか、どのような前提があるのか誰も知らないということだってあります。──

“まずもって前提から疑え”、それがこの本が教えてくれることです。「戦略」「組織」「人」と分けられた章に収められた17の問い、そのどれもが「そうだったのか」とうなずきながら、実は狭い落とし穴に落ちている自分を気づかせてくれるのではないかと思います。

組織の中にいると不満や批判が生まれるのは、ある意味当たり前のことでしょう。けれどそこから始めて“正しい解”に導くには、一度は自分が感じている、いつの間にか常識と思っているものを疑ってみることが必要です。清水さんがいうように私たちは主観的で感情を持つ生きものなのですから。優しい言葉で、深く語るこの本、“そもそも”名著・必読書と呼べるものはこの本のようなものではないでしょうか。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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