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2016.07.19

レビュー

【時間内に解け】リーダー資質を訓練できる「インバスケット思考」

インバスケット思考とは、「他人(架空の人物)」になり、制限時間の中で案件を正しく処理することを目指した思考術・訓練です。これが普通の“仕事術”といわれているものと大きく異なっているのは「絶対的な正解がない」ということであり、またいわゆる「仕事のコツ」といったものを教えるものではないところだと思います。

このインバスケット思考には4つの特徴があります。
1.いまの仕事とは全く違う設定になっており、その主人公になりきらなくてはならない。
2.時間の制限が短い。
3.与えられた条件に対し、自分自身が対応できない設定になっている。
4.絶対的な正解がない。
の4つです。

3の「自分自身が対応できない」というのには奇異な感を持たれるかもしれませんが、これはインバスケット思考では、リーダーとしての行動・責任はどうあるべきかということが求められているからです。
──リーダーは部下や周りの組織を巻き込んで処理をすることが望まれています。そこで、部下や周りの組織などにどのような指示や伝達をするのか、コミュニケーションの取り方などを評価する意図があるのです。──

リーダーの立場での判断ということから、このインバスケット思考法は多くの企業で管理者、リーダーの教育ツール、研修ツールとして活用されているそうです。

この本では「食品スーパー店長の冴木」の立場になった試験者に、20の案件が提示されます。押し寄せる案件は実に多様です。「売上目標の必達」「休日出勤」「ヘッドハンティング」という仕事上で起こりがちな案件だけではありません。「家族からの緊急連絡」のようなプライベートなことにまでおよんでいます。決められた時間内でこれらの案件を解決しなけれなりません。

「絶対的な正解がない」この思考法は、ではなにを評価しているのでしょうか。それは「プロセス」です。いくら「正解がない」といっても「判断に至るまでのプロセスは評価」することができます。つまりこのインバスケット思考法とは、「どのような点に問題意識を持ったのか、どのような情報をどのような方法で収集したのかなどのプロセスを評価するツール」なのです。

「プロセス」を評価する2つの軸が「緊急度」と「重要度」というものです。まずこの2つの軸で優先順位を設定します。
──緊急度とは時間の軸です。納期や提出期限などを指します。次に重要度ですが、「重要」という考え方は、人によって価値観が異なるので注意が必要です。多くの場合、的外れな優先順位設定は、この「重要度」の間違った使い方が原因となります。なぜなら、重要度とは、ともするとその人が重要だと判断することすべてが重要になってしまう困った尺度でもあるからです。ですので、自分は何を重要と判断するかという考え方をリーダーは使ってほしくありません。「どのような影響が出るのか」という定量的な考え方を使うべきです。ですから「影響度」ともいいます。──

「影響」には「影響の範囲」というものも考える必要があります。これは判断の広がりを考え、知ることにつながります。もちろん全体を把握することにも関連し、当然「優先順位」決定のひとつの大きなキーとなります。

興味深い指摘があります。
──案件が20個あれば、1位から20位までを決めることが大事なのではありません。大事なのは、重要な4分の1とそうでない4分の3に分けることができるかどうかです。──
なによりも全体をつかみ、総合的な判断をするということだと思います。実はリーダーに求められるのは、細かい判断よりも大きな判断なのです。

ところがこれが結構難しいと思います。というのはこのインバスケットを試みた人のほとんどが「時間がない」という感想を持たれるからです。それは全体的判断をするというのが思ったよりも難しいということを示しているのではないでしょうか。。

たとえば情報ということを考えてみます。増え続けていく“情報”というもの、情報はなによりも“あるものについての情報”というように個別性に基づいています。情報が増えれば増えるほど内容は精緻になる可能性があります。けれど情報に従えば従うほど、重要視すればするほど情報の個別性に引きずられ、全体的な判断がしづらくなり隘路に陥ることがなりがちになります。実は“木を見て森を見ず”ということになっているのです。

ですからそのことを知り、「時間の有限さ」の中でいかに「最適なものを求めるのか」ということがインバスケット思考の中心になります。これはビジネスだけのことではありません。何を大事にするかという判断は私たちの生活全体にいえることだと思います。

インバスケット思考法はさまざまな役割を生きることで、なにがいったい重要なのか、さらにいえば、その重要さが自分自身の生活のどの部分に関しているものなのか、そのようなことにも気づかせてくれます。自分自身の“仕事観”“人生観”を再点検するうえでもとても役立つツールではないでしょうか。

この文庫本をポケットに入れて、時間を計りながら(でも制限時間には厳しく!)トライしてください。新しい自分がきっと見つかると思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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