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2016.08.15

レビュー

【暗示】2016年の日本が、戦前昭和1926-1945と酷似する理由

戦前昭和の社会、それを知ることがそのまま現代の課題を考えることになる……そう思わせてくれる好著です。

戦前は暗い社会だったのでしょうか……。けっしてそうではありませんでした。井上さんは戦前日本を考える上で3つの点が重要だと指摘しています。
1.アメリカ化
2.格差社会
3.大衆民主主義

戦前日本のアメリカ化というものは現在の私たちが想像するより大きな影響を与えていました。
──日本はすでに明治以来六十年の吸収でヨーロッパからは学び得るものは一応学んでしまった。(略)これに代わるものは大資本と、スピードと映画のアメリカニズムだ。日本人の多くは、今やアメリカを通じてのみ世界を理解しようとしている。──

新たな手本としてあらわれてきたアメリカ、それはモダン・ガール、モダン・ボーイ、モガ・モボと呼ばれていた人たちを生み出しました。彼らはアメリカの映画に描かれていた世界、人びとの暮らしぶりを手本としていたのです。

街もアメリカの影響のもと大きく変貌し始めました。コンクリート作りのアパート(今日のマンション)、続々オープンされたデパート、サラリーマンやOLの登場……。数々の“電化製品”の出現、それらに囲まれた生活の場はまるで“新世界”の到来を告げているかのようでした。

この“新世界”にはもうひとつの顔があります。それは“格差拡大”というものです。それまでも“格差”というものがなかったわけでありません。けれど、第一次世界大戦景気、その後の不況へと続く経済的混乱は“格差拡大”をもたらしたのです。

この格差には所得格差(貧困)だけでなく、農村と都市、さらには男女間の格差も含まれます。新しく誕生したOLたちも社会進出を果たしたものの男性化の差別、偏見にさらされました。

もちろんこの“格差拡大”をなおざりにしていたわけではありません。格差是正の動きは確かにありました。井上さんが詳述している雑誌『家の光』の活動、また新興宗教「ひとのみち教」の活動もまた格差是正を願う人たちに支えられたものでした。

日本の中国大陸侵略もまた国内の矛盾・格差を是正するために強行されたものでした。戦争は国内の矛盾を解消するため、あるいは隠すために行われたのです。確かに(戦時)統制経済は、企業活動の政府の指導・制限等で格差是正に働いた面もあったのです。このモデルとなったのがあのナチスの政策でした。

3つめの“大衆民主主義”とはどのようなものだったのでしょうか。普選運動により男子に普通選挙権が与えられることになり、まがりなりにも議会制民主主義が一歩進みました。そして昭和にはいり、ラジオの普及、映画産業の隆盛等でさまざまな情報が一般家庭に届くようになりました。この“情報化社会”の到来は議会・政党政治の活性化をもたらすものと期待されました。

けれどその結果は大衆の期待を裏切るものだったのです。軍部からの圧力もありましたが、既成政党は旧態依然とした権力闘争、政局での争いに明け暮れていたのです。しかもこの政争の実態はラジオ等の普及によって都市、農村にすぐに伝わるようになりました。“情報の速度”が新しい要素としてあらわれてきたのです。しかもこの速度は双方向です。大衆の要求もまた中央政界に伝わりやすくなったのです。その結果、大衆の動向に敏感でなければならなくなったのです。指導者層は大衆へ向けての“宣伝”を重要視するようになっていったのです。

大衆民主主義は広く大衆を政治・経済の問題に目を開かせるという利点をもたらすと同時に、ポピュリズムもまた生むことになりました。大衆の利益や権利、願望、不安や恐れを利用、扇動して、大衆の支持があるという名目で政権の暴走をもたらすことにもなったのです。メディアと世論(それが仕組まれた世論であったとしても)による大衆扇動ということが起きたのです。今でいう“劇場型”のはしりでしょう……。

この「戦前昭和」の実相が現在の日本の姿と瓜二つなことに驚かされます。それどころかより加速されているように思います。ラジオがテレビ、SNSへと発展し、その“速度”“伝播力”はかつての「戦前昭和」の比ではありません。“速度”“伝播力”はそのまま“力(破壊力)”へとつながります。はるかにポピュリズムのもたらす危険性は増しているといわざるをえません。格差是正という“正しさ”の追求がなぜ戦争という歪んだ解決にいたったのか。軍部の暴走、行政権力の傲慢さというものを支えたのは大衆民主主義であったことも、歴史の教訓として忘れてはならないと思います。けっして暗いだけではなかった「戦前昭和」、それがいつ“暗い道”へと進んでしまったのか。先人たちはどこで道を誤ったのか、この本はその実態を余すところなく語っています。

現在の日本が“戦前”に似ているといわれていますが、この本を読むとその思いが強まってきます。危険な道を二度と歩まないようにするにはどのようにすればいいのか……そのことを考えるにはうってつけの1冊です。すぐれたドキュメンタリー・フィルムを見るような構成も素晴らしいと思います。

レビュアー

野中幸宏

編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。政治経済・社会科学から芸能・サブカルチャー、そして勿論小説・マンガまで『何でも見てやろう』(小田実)ならぬ「何でも読んでやろう」の二人です。

note
https://note.mu/nonakayukihiro

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