タイトルどおりの本である。もくじや惹句から内容を抜粋すると、次のようになる。
「『リヴォルヴァー』はどうして〝回転式連発銃〟なのか」
「シタールはどこからやってきたのか」
「ビートルズが解散したのは70年ではない?」
この問いがそもそも「?」な人、多いと思う。あなたは「フツーの」人である。人類の大半はあなたみたいな人だ。恥じることはなにもない。この問いを理解できるけど、「どーでもいいよ」と思った人もいるはずだ。あなたは音楽ファンですね。あなたの感性はまっとうだと思います。
ビートルズが厄介なのは、これらの問いに積極的な興味を抱き、「知りたい」と思う人がたくさんいることだ。どんなアーティストにだってこの程度の「謎」はある。しかし、その答えをまとめて商品にする(本にする)ことができるのは、それほど多くない。
著者・中山康樹は、そういうアーティストを数多く取り上げてきた。ビートルズの他にも、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、桑田佳祐など。いわば、ロック・アーティストを題材として、多くの本を書いてきたのだ。
おおいに興味を惹かれていた。だが、読んだことはない。どうして? 中山康樹が嫌いだったから?
そんなことはない。大いに認めていた。みごとな文才、深い知識、言い切りの妙。素晴らしい書き手だと思っていた。世に音楽ライターは数あれど、華麗な文章を記すことができる人は多くない。中山康樹はそれができる数すくないライターだと思っていた。
にもかかわらず氏のロック関係の著書を手にとれなかったのは、その経歴を知っていたからだ。廃刊してしまった老舗ジャズ誌『スイング・ジャーナル』の元編集長であり、ジャズの本も数多く執筆している。ことに、彼が訳した『マイルス・デイビス自叙伝』は名著だと思うし、名訳だと思っている。マイルスについて論じた著書も数多い。
すなわち、彼はジャズ・ライターだったのだ。そう認識していたからこそ、本書もふくめ、ロック関係の本を手に取ることはできなかったのである。
要するに狭量だったわけだが、そう考えるに至った自分を、擁護できないこともない。
幸か不幸か、私は1冊の本を書くとその著者にどの程度のギャラがもたらされるのか知っている。さらに、その額は、本が売れれば売れるほど多くなることも知っている。売れない本は、発売することすらできないことも。
ジャズ専門誌の編集長からフリーランスの音楽ライターとなった中山康樹が、ジャズではなくロックを題材としはじめたのは、経済的な理由がたいへん大きいと思っていた。要するに、マイルスの本よりビートルズの本の方が売れるから、ビートルズの本を書いてたんだよこいつは。クソだろそういう考え。
そんなもんに荷担したくないと思っていた。だから彼がロックの本を書いても、手に取ることはしなかったのだ。
今でも、その読みはある程度間違っていないと思っている。彼が音楽ライターとして、ロックを手がけるようになったのは、経済的な理由もあったはずだ。
とはいえ、だから読まないというのはおかしいんだよね。本だって商品なのだし、その側面を無視して生まれる本などありはしない。また、彼の年齢でまともな感性を持っていれば、ロックと無縁でいられるはずがない。
あのマイルス・デイビスが教えてくれたじゃないか。彼は「ジャズの帝王」と呼ばれ、ジャズ・ミュージシャンと認識されることが多かったが、自叙伝を読むとわかる、彼は自分の音楽をジャズだとはまったく思っていなかった。自分はトランペッターだと、あるいはインプロヴァイザーだとは認識していたかもしいれない。だが、ジャズ・ミュージシャンだとは思っていなかった。
第一、ジャズって何だ。音楽をジャンルわけしてわかった気になるしゃらくさい感性が、ある演奏形式を「ジャズ」と呼んだだけではないか。マイルスが額面どおりのアコースティック・ジャズを演奏したのは’60年代までだし、それ以降は死ぬまで関わろうとしなかったが、音楽をジャンルわけしてわかった気になる腐った感性の連中の仲間になるのは絶対イヤだ、という気持ちがあったためだろう。
そんなマイルスを聴いていたはずなのに。マイルスとはそういう男だと、それこそ中山康樹に教えられていたはずなのに。音楽をジャンルわけしたうえで、「おまえはジャズ・ライターだ。ロックについて書いたって読まん」と言っていたのである。要は、さっぱりわかっちゃいなかったのさ。
本書が読めるようになったのは、そういうこだわりがなくなったためだ。
おもしろい。当たり前だ、中山康樹だもの。彼みたいに華麗に書ける音楽ライターなんて、そうそういない。
昨年(2015年)、中山康樹が亡くなったことを知った。心の中でごめんなさいと言った。彼が生きている間、私は音楽をジャンルわけしてわかった気になる腐った感性を、宿らせたままだったのだ。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。