「自分が聞きたいようにしか聞かない──」、伊藤さんが実際に言われた言葉だそうです。誰も身に覚えのある言葉ではないでしょうか。
〝聞く〟ということは少しも難しいことではなく、誰もが自然とできることだと思いがちです。聖徳太子のように一度に10人のことを聞くというのはさすがにムリだとしても、ひとりふたりの話をきくことなんて少しも難しいことじゃないと思いがちですが、本当にそうなのでしょうか。たとえば、そばに座っている人と会話しながら携帯電話でメールしている光景はよく見かけます。でもそれは相手の話を聞いていることになるのでしょうか?
プレゼンテーション、スピーチまで含めれば〝話す〟ことが上手くなりたいと思っている人はとても多いと思います。では、〝聞く〟ことは? 「たいていの人は、もっと上手に話せるようにしたいと思うことはあるにしても、もっと上手に聞けるようにしたいと思うことは、あまりない。そんなことは思いもよらないという人だって少なくない」のが実情でしょう。
けれど「それは誤解です」というところからこの本は始まります。伊藤さんはコミュニケーションで〝聞く〟ということがどのような行為なのか、それにはどのような力を身につける必要があるのかをじっくりと解き明かしていきます。
コミュニケーションにおいて禁物なのは「ものごとには一つの正しい答えが存在」しているという考え方、伊藤さんのいう「一つの正解幻想」です。確かに「現実の世界では、ある問題にたいする正解が一つしかないということはむしろ少ない」のですから、この「一つの正解幻想」は、かえって「心の枷」となってしまい創造的なコミュニケーションを奪うことになりかねません。
では、コミュニーケーションとはなんでしょうか。その本質は、他人との「分け合い」です。つまり「コミュニケーションがうまくいっている」というのは、「分け合いがうまくいっている」ということ。こう考えれば〝話す〟ことが偏重されていることの誤りが分かると思います。「分け合い」にはスキルが必要になります。つまり〝聞く〟ということにも〝話す〟ことだけでなく、〝読む〟ことや〝書く〟ことと同様にスキルが求められるものなのです。
本書の後半は「創造力のMRS理論」に基づいて伊藤さんが提唱した「聞く力のMRSトライアングル」を使って、私たちがどのようにして〝聞く力〟を身につけていくかの実践編です。ちなみにMはモチベーション(動機づけ)、Rはリソース(資源)、Sはスキル(円滑に実行する力)のことです。
Mには功利的なものから、話し手への関心、責任感、知的好奇心、謙虚さなどが挙げられています。Rには、注意力、知識、理解力、感情抑制力、時間的・心理的余裕などです。そしてSは訓練・練習というなかで身につけていくもの、というように記されています。MやRを知ると〝聞く力〟がどのような複雑な中で生まれていくのかが分かると思います。
ではSの訓練・練習にはどのように高めていけばいいのでしょうか。伊藤さんはSの〝基本〟として、まず「共鳴板に徹して聞く」ということを挙げています。そしてその先に「セラピー的聞き方」「批判的聞き方」「鑑賞的聞き方」という目的別の聞き方が出てきます。これはウォルヴィンとコークリーという聞き方研究の第一人者の分類だそうです。
伊藤さんはさらに踏み込んで11の「スキル向上のガイドライン」を提唱しています。
・責任を持つ。
・決断する。
・興味を持てる面を見つける。
・話し手や話し方ではなく、内容を優先する。
・評価を控える。
・熱くなりすぎない。
・ポイントをつかむ。
・エネルギーを注ぐ。
・注意を散漫させるものと闘う。
・聞く心を鍛える。
・心を開いておく。
この11が〝聞く力〟を高めていくことに肝心なことです。これを実践して〝聞く力〟が高まれば〝コミュニケーション力〟も、ひいては〝考える力〟も増していくのではないかと思います。そういえばロダンの『考える人』も何かをじっと聞いてるようにも見えてきませんか。
レビュアー
編集者とデザイナーによる書籍レビュー・ユニット。日々喫茶店で珈琲啜りながら、読んだ本の話をしています。
note
https://note.mu/nonakayukihiro