戦地調停士シリーズの最新作『無傷姫事件』に、こんな会話が出てきます。
「別の世界って?」
「この魔導世界とは別に、異なる時空に異なる世界が存在していると仮定するところから界面干渉学は始まっているのだ。そこには魔導とは異なる原理に基づいた、異形の文化が存在しているだろう」
『彼方に竜がいるならば』は、戦地調停士シリーズに関係する「もうひとつの物語」。短編集であり、それら各短編の物語の舞台が、「魔導とは異なる原理に基づいた世界」なのです。OLがいて、ヤクザがいて、女子高生が出てきます。テレビが存在し、パチンコに行ける──要するに、僕たちが暮らしている世界。
本書は、戦地調停士シリーズ1作目の『殺竜事件』から最新作の『無傷姫事件』までの各作品と、6つの短編がリンクするという構成になっているので、戦地調停士シリーズのファンの方なら、読んでいて、にやりとしてしまう場面に出くわすかもしれません。反対に、この短編集から読んで、そののちシリーズ作品に手をつけても、それはそれで違う楽しみ方や発見があって面白いのではないでしょうか。
一応、参考までに、各短編とシリーズ作品との〝繋がり〟を書いておきます(以下、前者が本書収録の短編。後者が戦地調停士シリーズ作品)。
『ドラゴンフライの空』──『殺竜事件』
『ギニョールアイの城』──『紫骸城事件』
『ジャックポットの匙(さじ)』──『海賊島事件』
『アウトランドスの戀(こい)』──『禁涙境事件』
『ヴェイルドマンの貌(かお)』──『残酷号事件』
『ドラゴンティスの雪』──『無傷姫事件』
こんなふうに、短編それぞれが各シリーズ作品となんらかの繋がりを持っている。
収録されている短編をすべて紹介すると長くなるので、僕の趣味でひとつだけピックアップするなら、『ヴェイルドマンの貌』です。ミステリーであり、ホラー要素もある短編の佳品なのですが、ごく短めの、あらすじも書いておきましょう。
19歳のモデル、桂木ひかりは、ある出来事によって〝気味の悪い仮面〟を手に入れてしまう。それは、不思議な能力を有した仮面だった。その仮面をつけると、人が変わってしまうのだ。妬みや敵意など、その人物の最も特徴的な〝人格〟が、過剰なまでに削ぎ落とされてしまう。そのことに気がついたひかりは、仮面の以前の持ち主について、ひとり調べ始めるのだが……。
もうこれだけで、話の続きが気になりませんか? そうならなかったら、僕の文章が悪い。ひかりがこのあとどうなるのかは、実際に本書を読んで楽しんでいただければと思います。
ところで──いきなりですが、本書の作者・上遠野浩平さんのデビュー作をご存知ですか?
正解は……『ブギーポップは笑わない』(電撃文庫)。有名な作品なので、知っている方も多いでしょう。そのブギーポップシリーズの読者なら、本書の中に「あれ、これは……」と思う人物が出てくるかもしれません。お楽しみに。そんなふうに、『彼方に竜がいるならば』は、上遠野浩平さんのファンなら読んでおきたい1冊に仕上がっています。短編で読みやすいので、特定の好きな作家さんを見つけたいと思っている読者の方にとっては、上遠野作品に触れるよい機会にもなるでしょう。
レビュアー
小説家志望の1983年夏生まれ。2014年にレッドコメットのユーザー名で、美貌の女性監督がJ1の名門クラブを指揮するサッカー小説『東京三鷹ユナイテッド』を講談社のコミュニティサイトに掲載。愛するクラブはマンチェスター・ユナイテッド。書評も書きます。