家電のイノベーションは続く
本書は、わたしたちの身近にある家電製品が、どのようなしくみで動き、どんな変化を経て現在に至っているかを述べた書物です。題材は家電ですから、珍しいものはひとつもありません。洗濯機、冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、掃除機、テレビ、ヒゲ剃り――どこの家庭にもあるものばかりです。
要するにありふれたものが述べられているわけですが、だからこそ驚かずにいられませんでした。
たとえば現代の洗濯機は、ボタンひとつで洗濯してくれるようになっています。いわば進化の究極に達しているわけで、今後の革新はそうそうないはずです。したがってイノベーションのポイントは、価格とか、電気料金とか、そういうところにあるもので、開発者のチャレンジもそこを目指して行われるものだ――と思っていました。この本を読むまでは。
しかし、そうではありません。洗濯機にとって大切なのは「洗う」ことであり、「洗う」という行為の質を高めることなのです。
分かりやすく言いましょう。その洗濯機を使うことによって、しつこい汚れがどのくらい落ちるか。白いシャツはどれだけ白くなるか。革新のポイントはここにあります。ここには限界がなく、したがってイノベーションが止むこともなく、開発者のチャレンジも失われることがありません。 むろん、価格を抑えること、電気を節約すること、人の労働量を減らすこと、短い時間で仕事を済ませることは重要なファクターです。しかし、真の目的はそこではありません。
あくまで「洗う」という行為が持つ本来の目的――すなわち汚れを落とすことです。そして、これは未だ発展の途上にあります。
本書はこうした「本来の目的」を中心に、流行やライフスタイルの変化による人々のニーズの遷移、政治的な規制などによる影響などをトピックに、最新家電の構造を追いかけたものです。モノによっては外部的な要因から大きな変革を経たものもあり、あたかも大河ドラマを見るようで、よくもまあこれだけ変わったもんだと嘆息せざるを得ませんでした。
半日かけてご飯を炊くお母さんはいなくなった
炊飯器が一般化する以前、ご飯はお母さんがかまどの前で火吹き竹をフーフー吹いて汗まみれススまみれになり、半日かけて炊くものでした。ご飯を炊いているときはに洗濯はできないし、掃除もできません。そういうものだったのです。
炊飯器や洗濯機、掃除機が高度化して、家庭におけるお母さんの仕事は減りました。少なくともご飯を炊くのに半日かける主夫/主婦は絶滅したでしょう。「ご飯はボタンひとつ」という人がほとんどになりました。これは家電の功績です。
しかし、だから人はヒマになったか、というとそういうことはありません。人は空いた時間を使って、エステに行ったり、スポーツジムに通ったり、カルチャーセンターで勉強するなど、時間を有効活用できるようになったわけです。
かまどや火吹き竹を使うのは間違いなく特殊技能で、それができる人は尊敬されました。「子どものとき、かまどでご飯を炊けるお母さんはすごいと思った」という感想をどこかで聞いたことがあります。家電の発展の過程とは、特殊技能の喪失の過程ともいえるわけですね。
本書はぜひ家電製品の利便性を享受している人に読んでもらいたいと思っています。使う人が知れば、そのすごさがより伝わるでしょう。
レビュアー
早稲田大学卒。書籍編集者として100冊以上の本を企画・編集(うち半分を執筆)。日本に本格的なIT教育を普及させるため、国内ではじめての小中学生向けプログラミング学習機関「TENTO」を設立。TENTO名義で『12歳からはじめるHTML5とCSS3』(ラトルズ)を、個人名義で講談社ブルーバックス『メールはなぜ届くのか』『SNSって面白いの?』を出版。「IT知識は万人が持つべき基礎素養」が持論。2013年より身体障害者になった。