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2026.11.03

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一発屋、独身47歳、にしおかすみこさん。壮絶だけど笑って泣ける、ポンコツ一家の最後の2年

ムチを持ったSM女王姿でおなじみの一発屋芸人・にしおかすみこが、コロナ禍をきっかけに認知症の母親、ダウン症の姉、酔っ払いの父親が住む実家へと戻り、困惑、怒り、悲しみ、そして笑いと幸せもあるカオスな暮らしぶりを綴り大反響を生んだ本シリーズ。

最新作となる本書では、帯にも記されているように、母親の死が明かされています。本シリーズのファンである私は、覚悟はしていたものの「ついにこの時が……」と少なからずショックを受けました。おそらく他の読者の方々も同じ気持ちでしょう。

本書の冒頭で、すみこさんはこう綴っています。
それと言っておくけど、亡くなったからって、これまで過ごしてきた毎日を、美談にも、なかったことにもしないよ。どれほどの愚痴が溜まっていると思う?
私は書くよ。私がピャピャッと、チャチャッとして、あとはスッとして生きていくために。そして世の中のたくさんの方々に笑ってもらえるように。
母よ。知ってた? 忘れちゃった? 覚えてる?
私、お笑い芸人なんだよ。
「自分ファースト」を掲げたものの、心情的にも状況的にも、そう簡単にいかない同居生活。それでも母親の死を迎えた際に、家族との人生をエンターテインメントとして読者に届けるという芸人・にしおかすみこの矜持を表明する、心震える文章。さらりと挟み込まれた、認知症を思わせる「忘れちゃった? 覚えてる?」のフレーズも秀逸。そうなんです。すみこさんの文章には、こうした「さりげない一節」が、瞬間の感情だけでなく、にしおか家のこれまでの物語を想起させて、より豊かで深い味わいをもたらせてくれるのです。

待ち受ける母との別れ――刻まれた2年間の思い出

ページを開く前から母親の死が予告されている本書ですが、決して死へのカウントダウンを描くような闘病記ではありません。忘れたり怒ったり、笑いを誘う言動にも注目の母親、その天真爛漫さがほっこりムードを生む姉、読めば読むほど傍若無人ぶりに驚かされる父親。この3人に振り回される日々をポップに、あるいはヒリついた瞬間の空気を真空パックしたようなリアリティある筆致で描くすみこさんのドキュメントエッセイ、その最新にして最強バージョンとなっています。

パクソ(母親は父親をこう呼んでいます。当初は「パパクソ」だったものが「パクソ」に短縮されたそう)は、「酔っ払い」と紹介されていますが、この表現は軽すぎるのでは、と思えるエピソードのひとつに、自身の年金を全部酒に使ってしまった事件があります。家で荒れる父親。母親はすみこさんに、彼女に預けている自分と姉の通帳を返してほしいと要求。これまでもさんざんお金を使われているのに、なぜあんな奴にやるのかと憤るすみこさん。そりゃそうです。私も読みながら共感。特に姉の障害年金や作業所の工賃も取られていると知り、他人様の家庭ながら私も憤ってしまいました。

ところが、母親はこう訴えたのです。
「お金がなかったら、パクソが飲みに行かない! そしたらずっと一日中家にいて、四六時中暴れるだろうが! ママ、憂鬱なんだよ! そんな毎日、嫌なんだよ!(中略)金さえ出せば、どっかに行って消えるんだ! 安いもんだろう」
お金を失うことより大きい、父親がそこに存在することへの強烈な嫌悪。言われてみれば、私も昔、不機嫌になった人がドアをバタン!と強く閉める音がとても苦手でした。母親と姉はこの何十、いや、何百倍ものストレスを浴びていることは想像に難くありません。

同じ家に暮らす家族同士でも、立場が違うとこんなにも思考が乖離する。母親の心の底から湧き上がる感情が伝わってきて、胸が苦しくなるエピソードです。

相手が認知症でもガチ喧嘩! 感情を揺さぶられる母親からの1通のメール

もうひとつ、今度はグッときてしまった回をピックアップします。大事なものがしまってある倉庫の鍵。これは母親も納得のうえですみこさんが管理しているのですが、ある日、認知症からの妄想爆発。鍵を返せ、私たちから全部取り上げる気か!と一方的に激怒する事態に。
「あのクソ野郎と結婚しなかったら、違う人生だってあったんだよ! そしたらあんたも生まれてない! そしたらママもお姉ちゃんも、もっと幸せだった!」
そんな売り言葉に買い言葉で、すみこさんも
「それは! お前が選んだ人生だろうがあ!!!」
と反論して大喧嘩に発展。持っていた鍵を、物乞いをする人に放るように床に落としたすみこさんは、頭を冷やすためにプチ家出。そんな彼女に、母親から1通のメールが。
『パクソと結婚しなかったら、あんたは生まれず、あんたがこんなに苦労しなくて済んだのに! の言い間違い! 忘れちゃうから! 以上!』
ほら、ほらね。認知症に支配されたって、いつだって懸命に母でいてくれるのに。
母の本心を知っているのに、あんな態度とっちゃうんだよ、私。
泣いてしまった。
家族だって、突き詰めれば個人の集まり。誰もが簡単に円満家族を築けるとは限りません。親と子という一筋縄ではいかない関係性の中で、ダウン症の姉と酔っ払いの父親を抱え、問題はより難解なものへと進化。そこへ認知症が入り込んでさらに複雑化してしまう。

それでも――。親としての愛情を手放すまいともがき苦しむ母の姿に。母親の愛を理解しながらも、その場の感情に流されて悔やみ、その愛にあらためて触れて涙を流す娘の姿に。心揺さぶられてしまうのです。

重めのエピソードを紹介しましたが、母親の破壊力あるボケ(認知症そのものというより、お笑い的な文脈のほう)、さらに切れ味鋭いツッコミはもちろん、本書における癒しともいえる姉のほっこりな振る舞いは随所に顔を出します。修羅場のようなヒリヒリする場面でも容赦なく(?)飛び出すこれらコメディ要素は、本書における救いのひとつ。過酷ともいえる個性最強な面々との暮らしぶりを描く骨太な内容に、芸人ならではの絶妙な間で入れ込まれる笑いが加わり、読み物としての充実度がグンと増しているのです。

文字通り、笑って泣けるにしおか家の物語が迎えた、母の死という大きな変化。残されたにしおか家の3人はいったいどうなってしまうのか。第1巻が刊行されたのは2023年。連載開始は2021年です。あれから時を重ね、いずれは訪れると覚悟はしていた命の終わりと真正面から向き合ったにしおかすみこさんの力作、必読です。

レビュアー

ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。

X(旧twitter):@hoshino2009

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