最新作となる本書では、帯にも記されているように、母親の死が明かされています。本シリーズのファンである私は、覚悟はしていたものの「ついにこの時が……」と少なからずショックを受けました。おそらく他の読者の方々も同じ気持ちでしょう。
本書の冒頭で、すみこさんはこう綴っています。
それと言っておくけど、亡くなったからって、これまで過ごしてきた毎日を、美談にも、なかったことにもしないよ。どれほどの愚痴が溜まっていると思う?
私は書くよ。私がピャピャッと、チャチャッとして、あとはスッとして生きていくために。そして世の中のたくさんの方々に笑ってもらえるように。
母よ。知ってた? 忘れちゃった? 覚えてる?
私、お笑い芸人なんだよ。
待ち受ける母との別れ――刻まれた2年間の思い出
パクソ(母親は父親をこう呼んでいます。当初は「パパクソ」だったものが「パクソ」に短縮されたそう)は、「酔っ払い」と紹介されていますが、この表現は軽すぎるのでは、と思えるエピソードのひとつに、自身の年金を全部酒に使ってしまった事件があります。家で荒れる父親。母親はすみこさんに、彼女に預けている自分と姉の通帳を返してほしいと要求。これまでもさんざんお金を使われているのに、なぜあんな奴にやるのかと憤るすみこさん。そりゃそうです。私も読みながら共感。特に姉の障害年金や作業所の工賃も取られていると知り、他人様の家庭ながら私も憤ってしまいました。
ところが、母親はこう訴えたのです。
「お金がなかったら、パクソが飲みに行かない! そしたらずっと一日中家にいて、四六時中暴れるだろうが! ママ、憂鬱なんだよ! そんな毎日、嫌なんだよ!(中略)金さえ出せば、どっかに行って消えるんだ! 安いもんだろう」
同じ家に暮らす家族同士でも、立場が違うとこんなにも思考が乖離する。母親の心の底から湧き上がる感情が伝わってきて、胸が苦しくなるエピソードです。
相手が認知症でもガチ喧嘩! 感情を揺さぶられる母親からの1通のメール
「あのクソ野郎と結婚しなかったら、違う人生だってあったんだよ! そしたらあんたも生まれてない! そしたらママもお姉ちゃんも、もっと幸せだった!」
「それは! お前が選んだ人生だろうがあ!!!」
『パクソと結婚しなかったら、あんたは生まれず、あんたがこんなに苦労しなくて済んだのに! の言い間違い! 忘れちゃうから! 以上!』
ほら、ほらね。認知症に支配されたって、いつだって懸命に母でいてくれるのに。
母の本心を知っているのに、あんな態度とっちゃうんだよ、私。
泣いてしまった。
それでも――。親としての愛情を手放すまいともがき苦しむ母の姿に。母親の愛を理解しながらも、その場の感情に流されて悔やみ、その愛にあらためて触れて涙を流す娘の姿に。心揺さぶられてしまうのです。
重めのエピソードを紹介しましたが、母親の破壊力あるボケ(認知症そのものというより、お笑い的な文脈のほう)、さらに切れ味鋭いツッコミはもちろん、本書における癒しともいえる姉のほっこりな振る舞いは随所に顔を出します。修羅場のようなヒリヒリする場面でも容赦なく(?)飛び出すこれらコメディ要素は、本書における救いのひとつ。過酷ともいえる個性最強な面々との暮らしぶりを描く骨太な内容に、芸人ならではの絶妙な間で入れ込まれる笑いが加わり、読み物としての充実度がグンと増しているのです。
文字通り、笑って泣けるにしおか家の物語が迎えた、母の死という大きな変化。残されたにしおか家の3人はいったいどうなってしまうのか。第1巻が刊行されたのは2023年。連載開始は2021年です。あれから時を重ね、いずれは訪れると覚悟はしていた命の終わりと真正面から向き合ったにしおかすみこさんの力作、必読です。








