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2023.02.22

レビュー

元SMの一発屋女芸人、にしおかすみこの壮絶だけど笑って泣ける家族の物語

2000年代後半、日本テレビ『エンタの神様』にて、SM嬢に扮し「にしおかぁ~すみこだよ!」のフレーズでブレイクした芸人を、覚えているでしょうか?

本書は、テレビをきっかけにブレイクするも、やがて仕事が激減してしまったいわゆる「一発屋」と呼ばれる芸人・にしおかすみこさんが、介護が必要な家族の現状に直面して悪戦苦闘する日々を、芸人ならではのユーモアを交えて綴ったエッセイです。

コロナ禍でさらに仕事も激減したすみこさんは、これまで住んでいた分不相応な部屋からの引っ越しを決意。そのついでに足が遠のいていた実家に顔を出すことになります。

しかし「ただいま」の挨拶に、応える声はありません。昼間なのに閉め切られたカーテン。網戸にたまった砂埃。長く放置され変色した食材。埃の積もった薄暗い部屋。まるでゴミ屋敷のような空間に、ポツンと座る母親の姿。

異様な光景に「掃除しよう」「カーペット取り替えよう」と提案するすみこさんでしたが、「おかえり」の代わりに母から贈られたのは、「キィィィィ!」「何様なんだよ!」という奇声と怒号でした。

久しぶりの実家でわけもわからず怒鳴られ、さらにクッションまで投げつけられてしまいます。腹が立ったすみこさんは、クッションを投げ返し、帰省早々、母と娘のバトルが勃発。

私は、ただ実家でご飯が食べたかったんだよ。私の好きなきゅうりやにんじんの糠漬(ぬかづ)けはもう十年以上前にやめちゃってたけど。何でもいいんだ。母の作ったものが食べたかったんだよ。そうさ。中年の甘ったれさ。歯を食いしばったら、口の中まで砂の味がするじゃないか。何だこの不毛な面白くない時間は。ダブルで砂を噛んだようってか。自嘲が空回りし、思うだけで言葉が口から出てこない。何でだよ。ここ一番の愚痴が声にならないよ。

コロナで仕事もままならず、失意の中、家族の温かみに癒されようと訪れた実家で目の当たりする現実。読んでいるこちらも胸が締め付けられる思いです。

喧嘩の後、「頭かち割って死んでやる!」という捨て台詞を吐いて去っていく母親に対し、追い詰めてしまったと落ち込むすみこさん。そんな彼女に「ここ最近よく言うんだよ。口癖なんだろうなあ」とぼやく父親。ここですみこさんの切れ味鋭いツッコミが入ります。

老人が頭を自らかち割って死ぬんだぞ。そんな暴れた表現をよく使うのか?
おい、母のSOSを「口癖」で片づけてんじゃねえ……。
いた、ここに一番のポンコツが。

本書が重苦しい場面ばかりが続く介護エッセイではないことが、この描写に表れているのではないでしょうか。テーマがテーマだけに、私はちょっとした覚悟をもって読み始めたのですが、第一章の段階で漂うシリアスとコメディが入り混じったホームドラマ感に、ホッと一安心。笑いながら読んでも大丈夫だ、と思わせてくれます。

認知症テストのため母親を精神科に連れて行った際には、記憶力テストのはずがいつの間にか医師がヒントを出して正解へと誘導するクイズコーナーになってしまったというエピソードや、母親の認知症が進んだのはすみこさんが帰ってきてからだと言い放つ父親との、「おまえ」「おまえってなんだ、親に向かって言っちゃいけない言葉! 初めて言われたぞ!」「けっこう言ってる」「なんだと!!」という漫才のような猛烈な口喧嘩など、悲劇と喜劇の反復横跳びのようなシーンが盛りだくさん。

姉がウ○○を漏らしてしまったという大事件の際には、こんな親子のやり取りが。

窓を全開にし声を張り上げる。「くさいからあああ!! どうでもいいから掃除してよ!! 朝から! 何で私一人だけが掃除して洗濯して料理して、おまえら何してんだよ!!」
母が言う。「なあんにもしてないさ! ウ○○は見なかったらいい!!」
父が言う。「換気したらいいんだろう?」
「換気でなかったことにできるかあ! クソがあああ!!」

家族なのに、いや、家族だからこそ容赦しない怒号を放ち、本気でぶつかっていく。数々の修羅場も、芸人ならではのユーモアを散りばめたポップな文章でグイグイ読ませるのです。
もちろん、本書の見どころはユーモアだけではありません。

これからたくさんのことが出来なくなる人に、まだ出来ることを「やっちゃダメ」と……言いたくなかった。甘いのはわかってる。言ったとて言われたことを忘れる。

父親が鍋を空焚きしてしまったため、ガスコンロは危険なのでIHに変えることも考えたというすみこさんの、新しいことを覚えるのが難しくなってしまった母親に対する想いが、胸に迫ります。

本書には、認知症により突然の噴火と鎮火を繰り返す母親、排せつトラブルで異臭騒動を起こす姉、現状認識も怪しく、どこか他人事な酔っ払いの父親という手ごわい3人を相手に、心が折れそうになるすみこさんの悲痛な心の叫びや、不器用でうまく伝えることが出来ない、家族を思いやる優しい気持ちが溢れています。

今すでに要介護の家族を抱えている人は共感できて、やがて訪れるであろうこの状況に備えている人には将来の参考になる、そんなエッセイかもしれません。また、介護とは関係なく、ひとつの家族のカタチを描いた本としても読みごたえのある素晴らしいと本だと思います。

本書のラストに書かれている、このエッセイがWEB公開された際、母親がすみこさんに放った言葉に、思わず笑いながら涙してしまいました。

怒り、叫び、泣き、そして笑いながら生きていく、これからのにしおか家が気になって仕方ない……そんな気持ちにさせてくれる1冊です。

ポンコツ一家

著 : にしおか すみこ

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レビュアー

ほしのん イメージ
ほしのん

中央線沿線を愛する漫画・音楽・テレビ好きライター。主にロック系のライブレポートも執筆中。
twitter:@hoshino2009

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