字面だけ見るとなかなか重たい話をイメージすると思いますが、シリアスな場面もありつつ、芸人・すみこさんらしいユーモアを交えた描写によって全体的にポップな作品に仕上がった前作は、大きな話題となりました。両親ともに高齢ということもあり、多くの読者が、にしおか家の面々のその後について気がかりだったに違いありません。私もそのひとり。
続編となる本作、まずはページをめくり、家族4人皆健在であることにひと安心。むしろ4人ともパワーアップしているようです。
ダウン症・認知症・酔っ払いという家族に振り回されながら、母と姉に向けた強い愛と共に、鋭いツッコミを入れて様々なトラブルやハプニングを面白おかしく描いて読者に届けるすみこさん。
たとえば、きつい毒舌を吐く母と、短いコメントでしっかり落とすすみこさんの様子が描かれたこの場面。
とある日。居間で母が座椅子に根を張りテレビを見ている。
「ねえ、すみ(注:すみこさんのこと)に似ている人が出てる、ほら」と画面を指す。全然似ていない。度々ある。その都度、違う人で年齢も髪型も容姿もバラバラだ。何を基準に同じとしているのだろう?
「どこが?」と聞く。
「だいぶ昔にちょこっとテレビに出て、落ちぶれて、今おこぼれで仕事もらっている人だろう? 一緒だよね」
心底傷つく。おい。なんだその視聴者代表みたいな悪びれない顔。
「そんなこと言うもんじゃないよ」と返すと、
「もちろん外では言わないよ。その人にはその人の事情や生き方があるんだから。でもママ外野だから。家で言うのは自由だろう? テレビの見方ってそういうもんだろう?」
内野だろう。複雑だ。
姉も負けていません。アルバムをめくりながら思い出話をするエピソードでのこと。子供のころに学校で披露した『走れメロス』で姉は(母いわく)お姫様役を演じたそう。
母が言う。「ピンクチーム代表で、お姉ちゃん大事なセリフ任されてたもんねえ。メロスが走ってきたときに待ち構えて言うんだよね。なんてセリフだったっけ」
姉がすくっと立ち上がり、一歩前に出て片手を天に突き上げ、声高らかに叫ぶ。
「みなのものぉお! カンパイじゃあああ!!」
武将が出てきた。姫要素がゼロだ。(中略)
それでもピンクチームの「うぉぉぉおおおお!」という雄たけびが聞こえたよ。メロスが走りきる姿が見えたよ。母と私で爆笑しながら拍手を送る。
一方で、父との関係性は前作よりも難しい状況にあると感じられる描写もちらほら。父と激しい口論を繰り広げた後で、母とすみこさんはこんなやり取りをします。
「ばか」
母が両手を広げた。(中略)壊れゆく母が、壊れて止まらない私を抱きしめた。泣きながらしゃがみ込み、ズルズルと滑り落ちる私の頭をグイっと自分のポッコリお腹にうずめた。……あたたかくて、くさい。風呂に入っていない臭い。いつの間にかこれが母の香りになってしまった。
「もういいから。嫌なこと言われても忘れたフリしなさい。そうやってかわしなさい。ママいっつもそうしてる」
……いつも? ……母よ、認知症が忘れたフリしたら、ややこしいよ。
さらに、父のあまりに酷い言動にがまんできなくなってしまったすみこさんが、ある行動をしてしまいます。激しい父娘のバトルに対して、母がすみこさんに放った次の言葉が、にしおか家とは無関係であるはずの自分にも太い刺のように心にグサリと刺さって抜けませんでした。
「ママ、お姉ちゃんがいる間だけ生きていたいんだよ。お願いだから、パクソ無視して静かに過ごしてくれないかな。ママ、頭がおかしくなりそうだよ」
今回、この連載で初めて、私は一線を越えた。書籍化するにあたりもう一度考えた。改めて心に刻む。家族を晒すも、守るも私だ。私にとって書くことは、このふたつが同じ線上にある。
しかし、単に物語として消費されて終わることなく、家族、そして生きる・生活するということを深く、ふか───く考えさせてくれる、人間賛歌のエッセイでもあるのです。