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2026.10.23

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人はどのようにして温度を感じているのか? 生存戦略のカギを握る温度センサー

人体には、温度感受性TRPチャネルという「温度センサー」が細胞分子レベルで存在するという。そのうち、熱刺激受容体としても機能するカプサイシン受容体・TRPV1と、冷刺激受容体でありメントール受容体でもあるTRPM8の発見により、2021年にノーベル生理学・医学賞が研究チームに贈られた。

著者はその研究に参加した科学者のひとり。本書は最新研究の視点から、生物の温度感知のメカニズムについて迫る一冊である。
私たちは皮膚のどこでも同じように温度を感じているわけではなく、温かさや冷たさに敏感な部位が点在することが知られてきました。現在では、そうした温度感覚の少なくとも一部を、皮膚の表皮・真皮に伸びる感覚神経終末に発現した温度感受性TRPチャネル群が担っていると考えられています。
私たちが持つ「温度感受性」は、普段は気にも留めないような日常の一部でありながら、実は生命維持のための非常に重要な機能であることが、なんとなく想像できるだろう。だが、そのセンサーの実態や機能について知られるようになったのは最近のことであり、いまだに研究過程にある部分も多いという。
温度を受容する陽イオンチャネルは複数ありますが、中心的な分子群がこのTRPチャネルです。人間ではTRPチャネルは6つのサブファミリー(TRPC、TRPV、TRPM、TRPML、TRPP、TRPA)に、27のチャネルが存在します(図3-2)。私たちはそのうち、11のチャネル(中略)を「温度感受性TRPチャネル」と呼んでいます。
実際の温度をそのまま感じ取るセンサーもあれば、疑似的に「体が温まる」「冷涼感を覚える」といった感覚を生じさせるセンサーもある。たとえば、ショウガやトウガラシ、ミントなどを口にしたときの「ホット」「クール」などと形容される感覚がそれだ。
このようにTRPV1を活性化するショウガですが、ショウガ入りのスープは飲むと体がぽかぽかと温まるような感覚になりますよね。ただ興味深いのは、ショウガを食べたときのこのぽかぽか感は、そのまま実際の体温上昇を反映しているわけではないということです。また、冬至と言えば「ゆず湯」が有名ですが、「ショウガ風呂」も身体をぽかぽかに保ってくれる季節湯です。これは、ショウガの成分によって感覚神経のTRPV1で感知された信号が脳に送られ、「ぽかぽかする」という感覚が生じているということになります。
温度感受性のシステムがより細かく明らかになり、将来その操作ができるようになれば、人類はやがて地球全体に訪れるであろう激しい環境変化にも対応できるかもしれない……つまりこれは、「地球生命体としての人類の存亡をかけた生存戦略」にかかわる研究でもあるのだ。ただエアコンに頼るだけでは追いつかないほどの状況に来ていることを、我々はもっと意識しなければならないと思わせる。
TRPチャネルのような温度感受性分子が明らかになって、温度の感覚が分子レベルで語れるようになりました。私たちの温度感覚と分子の挙動の理解が進めば、私たちの温度感覚を制御するよりよい方法が見つかると思います。それは、地球温暖化で引き起こされる猛暑のような異常気象を乗り切る大きな力になるものと期待されます。
環境に合わせて我が身を改造し、姿形を変えていく……というのは、様々な地球生物が辿ってきた進化の過程でもある。『攻殻機動隊』1巻のラストシーンのように「進化の哀しみ」を覚える読者もいるかもしれないが、種として生きのびるためにはやむを得ない。といっても、人類が身体構造自体を変えるまでの進化を遂げるのは、まだ途方もなく先の話だろう(それまでもたないかもしれないし)。

人体の温度センサー機能については、さらに研究が進み、これまでの常識を覆すかもしれないところまで来ているという。そのひとつである「局所温度感知」というのは、実は普段の私たちが無意識に理解している「アタマよりも先にカラダで反応する」といった感覚に近いのではないか、という気もする。
温かい温度で活性化するTRPV4が発汗に関わるという結果は、「局所温度感知」という新しい概念につながるもかもしれないと思っています。発汗は脳からの自律神経を介したシグナルで調整されていると一般には考えられていますが、局所でも制御されている可能性を示唆します。暑い環境下では局所皮膚のTRPV4が温かい温度を感知して発汗をもたらしているのです。これは、全く新しい概念です。
これらの温度感受性TRPチャネルが人体に及ぼす影響は大きく、つまりその機能が正常にはたらいているかどうかが、健康を左右する。寒気を感じたり、熱っぽかったりといった症状が、病気の初期アラートであることを考えればわかりやすい。その機能と反応は、驚くほど多岐にわたる。
これまでに紹介した通り、全身の様々な部位に温度感受性TRPチャネルは存在しています。それほどまでに温度を敏感にセンシングすることは生命の維持にとって重要ということなのですが、こうしたチャネルの活性化は非常に繊細に制御されていると考えられており、様々なTRPチャネルの機能異常が体に及ぼす影響や病気との関わりが研究・報告されています。私の研究室だけでも、TRPV1(痛み・痒み・炎症)、TRPV2(消化管蠕動[ぜんどう]・神経分化・熱産生)、TRPV3(温度感覚異常・皮膚の創傷治癒・皮膚免疫)、TRPV4(食道機能・消化管蠕動・膀胱機能・外分泌機能・記憶)、TRPM2(糖尿病・免疫・脳機能)、TRPA1(痛み・炎症・痒み)などに関わることを報告してきました。
温度センサーは人間だけでなく、地球上のあらゆる生物の生命維持に欠かせない機能だ。思い当たる事例はたくさんあるが、蚊の摂食行動もそのひとつ。蚊が動物の体から血を吸うときも、温度センサーが大いに役立っているという。しかも、生物としては「高温が嫌い」という一見矛盾した性質を持ちながら、摂食対象と忌避対象を切り分けて行動しているところがすごい。
先ほど、蚊が高温を嫌っていること、そしてその高温をTRPA1で感知することを紹介しましたが、吸血する獲物の誘因は温度の上昇であり、高温を嫌うこととは全く逆のように見えます。そのメカニズムはどうやら、TRPA1が存在する部位の違いにあるようで、まだ詳しいことはわかっていませんが、同じTRPA1の活性化が全く別の結果をもたらすのは興味深いです。
このほかにも、本書では様々な生物の「温度にまつわる性質」が紹介される。冬眠もそのひとつだ。人類は別のやり方で厳しい冬の越し方を体得したわけだが、いまや冬眠の機能は医療技術などに応用されている。『2001年宇宙の旅』(1968年)や『エイリアン』(1979年)といったSF映画では、コールドスリープが可能にする長距離宇宙航行という描写が登場するが、さすがに実現はしていない。とはいえ、温度制御による医療の進歩は、今後進んでいくだろうと思わせる。

それは生命の根幹であり、その制御方法が種としての未来を左右する……。変わりゆく環境のなかで、いかにして「適温」を内にも外にも維持するか、考えさせる一冊である。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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