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2026.10.01

レビュー

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「最高の芸術品」サラブレッドが織りなす極上のドラマ! 欲望と文明のレース、競馬の世界史

「地中海世界の歴史」シリーズ全8巻、『愛欲のローマ史 変貌する社会の底流(旧題:ローマ人の愛と性)』などの著作で知られる西洋史学者の著者は、競馬ファンでもあった。1990年に研究員として過ごしたイギリス滞在時には、週末になると競馬場に行くのが習慣だったという。本書はそんな著者の筋金入りの競馬愛が横溢する一冊。2016年に中央公論新社より刊行された『競馬の世界史 サラブレッド誕生から21世紀の凱旋門賞まで』に、約50ページもの増補を加えたバージョンである。

『競馬の世界史』というタイトルどおり、著者は紀元前の古代ギリシア時代に始まる長大な歴史を紐解いていく。しかし、現在のような競馬のスタイルが本格的に「貴族の遊び」として花開くのは、16世紀のイギリスだった。
それはまるで古代の戦車競走場のような雰囲気だった。この最古の競馬場は今日でも最小規模の競馬場として残り、小回りコースであるために乗り方が難しい。それだけ観衆の関心も高く、馬にもチェスター・スペシャリストなる呼び名があるほどだ。
このころ競馬そのものは各地で開催されていた。常設の施設があったかどうかはともかく、馬の競争があったことは明らかである。
かつて古代ローマで行われていた戦車競争では、馬は人や車を乗せる道具に過ぎなかった。実際の戦争においても、馬たちは「軍備」として活躍した。それがいつしか馬そのものがレースの主役となっていく過程も、本書では詳細に語られる。

その後、歴史に名を残す名馬たちが次々と綺羅星のごとく、イラストや写真もふんだんに登場する内容は、競馬史ファンにはたまらない内容だろう。競馬に詳しくなくても、映画のタイトルにもなった名馬シービスケットやセクレタリアトといった馬の名前は聞いたことがあるはずだ。
もともと競馬は王侯貴族の遊びとして進展してきたものである。だが、十七世紀になると、すぐれた競走成績を残した馬が次の世代を残すためにますます大事にされるようになる。馬が疾走する瞬発力とともにそれを持続する耐久力も求められた。娯楽としての「競馬」とすぐれた競走馬を得るための「馬産」が両輪となって動き出したのである。
競馬は「貴族の遊び」として始まり、やがて「大衆の娯楽」へと変化していく。その過程で、人類の宿痾(しゅくあ)ともいうべき悪徳や腐敗も呼び込むことになる。
十八世紀前半の当時をふりかえる『競馬成績書』はこう語っている。「イギリス中のあらゆる階層で競馬が親しまれ、競馬の楽しみが身近に感じられるほど大いに高まっている。しかしながら、競馬をめぐって数多くの事故が発生している。(中略)いつ果てるともない訴訟沙汰がおこり、多額の費用がかかる。さらに悪(あ)しきことだが、当事者の間に遺恨を残すことがある」
どんな「事故」の数々が世を騒がせたのか、詳しくはぜひ本書を読んでほしい。それでも競馬という文化が退廃の極致まで行かず踏みとどまったのは、そこに集った人々の夢、レーストラックに見出だした感動かもしれないと思わせる。

客席ではなく、主催者や騎手の側に「悪」がはびこることもあった(もちろん、高貴な精神と馬への愛情をもって勝負に挑んだ人々もいたはずだが)。ついダークな方向に目が行ってしまうのは性格的な問題なのでご容赦願いたい。
このころまでは誠実ですぐれた騎手もいたが、不正や残忍さもまかり通っていた。ある調教師はうだつの上がらない騎手に「この馬を勝たせろ。さもなくば、血にまみれた臓物を切り出してやれ。覚えておくがいい、もしもお前がこの馬に腹いっぱい鞭をくれてやらなかったら、二度と俺の馬に乗るチャンスを与えてやらないぞ。お前が馬に鞭と拍車を当てがってやれば、俺はお前に馬を当てがってやるというわけだ」と平然と脅されていたという。
レース場は民衆にとって、苛酷な現実をいっとき忘れさせてくれる夢と興奮の祝祭空間だった。しかし、そこにひときわショッキングな出来事が発生することもあった。
第一次大戦前の一九一三年六月、エプソム競馬場のダービーのレース中に、国内外を震撼(しんかん)させた悲痛な事件がおこった。一五頭の馬が猛スピードでコーナーを曲がっているときに、ある女性がコースに飛び出し、戦列は一瞬乱れる。だが、すぐに馬群は通り過ぎていった。観客にはよくわからなかったが、血と服の塊がぼんやりと見えたという。エミリー・デイヴィソンという名の中年女性が婦人参政権問題への抗議として二本の旗ととともに身を投げたのだ。不運にもエミリーは四日後に亡くなったが、騎手は軽傷ですみ、馬は無事だった。ただし、断然の本命馬が失格したため後味は悪く、結果としては単勝一〇〇倍という人気薄のアボイユールが優勝した。
婦人参政権獲得を求めて立ち上がった女性活動家たち(サフラジェット)の痛ましい逸話が、この本にも出てくる。映画『未来を花束にして』(2015年)でこの事件について知った人もいるかもしれない。

痛ましいといえば、ある牝馬(メスの馬)の悲劇も忘れがたい。1972年生まれのラフィアンは、牝馬(オスの馬)たちを相手に戦勝を重ねた末、初めてベルモント競馬場で牡馬との決戦を迎える。その日、きっと彼女は最後まで走りきる闘志に満ちていたに違いない。
とうとう夏の盛りにベルモント競馬場で、同年のケンタッキーダービー馬フーリッシュプレジャーとマッチレースを行うことになった。予想に反して牡馬が先行し、牝馬が追走して半馬身差を挽回してじわじわと抜け出したときだった。不気味な音が炸裂(さくれつ)し、ラフィアンの右前脚が折れていた。なおも走ろうとするラフィアンを騎手は必死に止めた。皮膚を突き破り、骨がむき出しになり、出血もひどかった。医師団は長時間の手術で名牝を助けようとしたが、麻酔から覚めたラフィアンは暴れ出し、ついには安楽死処分がとられた。未来にはかぎりない可能性が待ち受けていたはずだった悲劇のヒロインであり、初の牡馬とのマッチレースが運命の別れ道になった。
その後、馬たちは戦争やコロナ禍といった災難に見舞われながら、いまも華々しい注目のなかで走り続けている。著者はそんな馬たちと、競馬業界に携わる人々、そして海外の競馬先進国に引けを取らない発展を遂げた日本の競馬界にも、惜しみないエールを送る。
野球やサッカーばかりが国際的な視野で比較されやすいが、日本の競馬のレヴェルはもはや野球やサッカー以上に世界レヴェルにある。この事実は長年の競馬ファンには周知のことだが、一般の世間ではどれほど知られているかどうか。生身の生き物である馬がアウェイの地で走るのだから、馬が感じる負担がどれほどのものか、計り知れない。だからこそ、競馬に携わる人々が知恵をしぼって挑戦し不利な条件を克服していく。そこに国際化の進む現代にあって、競馬の大きな課題があると言える。本書はなによりもこの課題を歴史の流れのなかで自覚するために書かれたような気がする。
近年はゲーム・アニメで人気を博す『ウマ娘 プリティダービー』シリーズのおかげで、より幅広い層に競馬人気が高まりつつある。この秋のレースシーズンに、馬たちの勇姿をじかに競馬場で観戦するつもりなら、ついでに本書をポケットに忍ばせて出かけてみてはいかがだろうか。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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