本書で言うジークフリートとは、ゲルマン・ドイツの英雄伝説に登場する人物名である。竜を退治した際に、その血を浴びて「不死身の肌」となったが、背中にある唯一の急所を槍で刺されて暗殺される運命にある英雄と言えば、思い出す人もいることだろう。また、彼はニーベルンゲン族を打ち倒してその財宝の所有者になったことから、ニーベルンゲン伝説の英雄の一人でもある。したがって、「ジークフリート伝説」とは、さまざまな物語を含んだニーベルンゲン伝説の中でも、特に英雄ジークフリートの冒険と暗殺を扱った部分を指す。
ジークフリート伝説を含むニーベルンゲン伝説の原型は、五~六世紀の古代ゲルマンの民族移動時代にまで遡り、現在のフランクフルトの西方にあたるライン河畔フランケンの領土において英雄歌謡の形で生成したと推定される。その後、その英雄歌謡は北欧に伝承され、のちに『歌謡エッダ』、『散文エッダ』、『ヴォルスンガ・サガ』、さらには『ティードレクス・サガ』などに書きとめられる一方、ドイツの南方バイエルン地方ばかりでなく、現在のオーストリア地方にあたる東方にも伝承されて、一三世紀初頭には英雄叙事詩の傑作『ニーベルンゲンの歌』が成立する。
本書の原本は、2014年に同学舎から『ジークフリート伝説集』として刊行された。編訳者である石川栄作氏いわく、「ニーベルンゲン伝説の中でも、特に英雄ジークフリートを中心とした存在価値のある作品を選んで集成した」そうだ。今回の文庫化を機に、16世紀の戯曲『不死身のゾイフリート』を第IV部に追加し、全6部構成となった。
第I部は、アイスランドの政治家で、歴史家や詩人としても知られるスノリ・ストルルソンによる『散文エッダ』の一部が訳出されている。短いページ数ながら、神話やおとぎ話のような不可思議に満ちた展開に、つい引き込まれてしまう。読み終えても解けなかった謎については、各部の終わりに掲載された編訳者の作品解説が、理解を助けてくれる。
また第III部の「韻文版『不死身のザイフリート』」は、179もの詩節から成っている。もっとも、原文の一詩節は8行で、翻訳されたものは4行と短い。そのため、どこか和歌や俳句を読むような心地があり、物語もするすると進んでいく。臨場感のある描写と、時折挿入される木版画も味わい深い。
そうして各部を読むうち、登場人物や舞台設定が、それぞれの土地や時代ごとにアレンジされていることが浮き彫りになってくる。その違いが何から生まれたのかを推測しながら、ページをめくるのもまた楽しい。
巻末には「英雄ジークフリート像の変遷」と題する解説も収録され、ワーグナーの描いたジークフリート像と、物語の展開、そして後世への影響についても知ることができる。ジークフリート伝説やニーベルンゲン伝説の全体像を知りたい方や、その変遷を把握したい方に、ぴったりの一冊といえよう。








