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2026.09.08

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各時代の影響を受けながら変わってきた世界史教科書から読み解く近代日本

この国で学校教育が始まって以来、世界史はどのように子どもたちに教えられてきたのか。実は、その授業内容は不変でも普遍でもなく、時代の流れとともに幾度かの変遷を辿ってきた……。ひっかけ問題のような風変わりなタイトルに惹かれて本書を手に取る人も多いだろうが、読めば納得の内容である。著者は『聖書 vs. 世界史』『世界史とヨーロッパ』などの著作がある埼玉大学名誉教授の岡崎勝世。まずは、表3にも引用されている「おわりに」の一節から、本書の執筆動機を引用しよう。
筆者が属する世代は、元来、日本の「世界史」及びその世界史像に対しては強い関心を持たざるを得ない環境の下で過ごしてきた。というのも、戦中派の最後に当たる私たちの世代は否応なしに世界史像の転換に立ち会わされた世代だからである。
日本で近代学校教育が本格的にスタートした明治時代から、本書は幕を開ける。「世界史」の授業で使われたのは、敬虔なキリスト教国アメリカの歴史書の翻訳本であった。だから、アダムとイブ、大洪水を生きのびたノアの逸話など、いまでは驚くような聖書からの引用・伝説の類が「歴史」として記載されていたりする。
表1-4 『万国史略』(1874〈明治7〉)の構成
(+『日本略史』1875〈明治8〉)
まず諸普遍史すべてに共通する内容を挙げてみよう。創世記によって天地とアダム、イブの創造から人類史を始めている。そしてノアの大洪水、バベルの塔の事件と人類の拡散(=民族の発生)、アブラハム以後のユダヤ人の歴史を記述する。その後は、ダニエル書に基づいて、地上の国の世界を支配する四つの世界帝国の時代が続く。第四の帝国の滅亡は人類史の終末を意味し、最後の審判がおこなわれるとするものである。
やがてこの「普遍史」は、考古学研究の発展などにより内容を変えていく。学校教育黎明期の教科書は、実に不安定なものだったことがわかる。
人類学、考古学の発展により人類史が未開・野蛮な先史時代と文字資料が残されている文明・国家成立後の歴史時代とに区分され、歴史学の対象が文明・国家の成立以後とされるようになる。ヒエログリフ、楔形文字の解読により、エジプト史、アッシリア史も文字記録に基づいて記述される時代に移る。さらには、人類史が、理性的存在である人間が展開する人間精神=文化の進歩の過程とされるようになり(進歩史観)、終末論と結合していた四世界帝国論も否定されていく。
この時代、学問として世界史を学んでいた日本人青年の苦労や戸惑いはいかばかりか、と思うと同情を禁じ得ない。そのなかには若き日の夏目漱石らも含まれていた。のちに英国留学も果たす漱石だが、東大予備門進学を目指して入った成立学舎(当時の予備校)ではスウィントンの『万国史』を原語で読み、「初めの中(うち)は少しも分からなかった」と振り返っている。

教科書の内容に戸惑ったのは漱石だけではなかった。大正デモクラシー期のジャーナリスト、長谷川如是閑(はせがわにょぜかん)もこんな不平を漏らしている。
長谷川如是閑もこれで英語を学び、「パーレーの万国史というのは、そのころどこの中学でも使っていた。すこぶる古い型の、はじめの方は旧約聖書のぬき書きのような相当分厚の本」だったと回想している(長谷川如是閑「ある心の自叙伝」:294)
やがて世界史教育は、文明国としての冷静な理性と、広大な視野を持ったものへと変化していく。だが、明治維新以降に育まれてきた日本の「大国志向」も、徐々に頭をもたげてきてしまう。列強の一員として欧米と肩を並べたいという意欲と、世界史教育の成熟が同時進行するかのような状況は、のちに訪れる破滅を知っていてもスリリングである。その不気味な予兆を感じさせるのが、「世界史」「日本史」「東洋史」の三分体制を提言する明治末期の機運である。
「東洋史」及び「東洋史」研究には、それが提起された時点から、これまでの万国史と違って「東洋開化の先導者」たる位置の自任と、ロシア、イギリス等西欧諸国の「後輩」として、日本が東洋の「大きな国を支配する」時に備えておこなう研究という性格も与えられていたのである。
また、日清戦争後、日本のナショナリズムは皇国主義を柱とする国粋主義を高唱するようになり、西洋的価値観に対する挑戦等も主張するようになってもいく。そしてこの動きはまた、外国史教科書の世界でもその「アジアの盟主」型への転換をもたらすことになる。
「アジアの盟主」としての自負を裏付けた(あるいは増長させた)日清戦争、日露戦争での勝利は、学校教科書の記述にも大きく影響した。その後、日本がどのような破局への道筋をたどったのかは、多くの人が知るところである。
このように、日清戦争後、とりわけ日露戦争以後は、どの教科書も、世界の強国の一員になったと記述するようになる。また韓国併合などほかの日本の対外進出に関しても共通して肯定的評価を下し、日本がアジアにおける指導的位置を獲得したと記述して「アジアの盟主」型教科書へと転化していくのである。
恐ろしいのは、現在でも何かのきっかけで、この国は自国の「過大評価」をしかねないということだ。それも、子どもたちの教育に直接影響する場面に、平気で現れる気配がある。

そんな時代の不穏な変化を感じさせる部分以外にも、本書の見どころは多い。たとえば「ピューリタン革命」「護国卿」「恐怖政治」など、世界史の授業で学んだ単語が各時代でこんなにも違ったのか、というディテールの変遷なども面白い。私たちが受けてきた「歴史教育」は、実はまだ生まれて間もない知識なのだと教えてくれる。
表3-7 戦前期の代表的西洋史教科書における用語の変遷(2)
1943年、第二次大戦中に公布された「中学校規程」には、「皇国の道」「忠良なる皇国臣民」「皇国の使命」といった文言が並ぶ。それから2年後に訪れた終戦以降の教育史の変遷も、いまこそ振り返っておくべき内容だろう。それは紛うことなき「大転換」と呼べるものだった。

実は近年、2018年の学習指導要綱に「ある重要な変革」が訪れていたことに、驚きを覚える読者もいるはずだ。つまり、私たちが受けてきた教育も、いまや「過去の歴史」の一部となりつつあるのだ。教育は、意外と国家や社会情勢の影響を受けるものである、という事実を突きつけられる。

たとえば、かつての日本のように「国家に都合のいい」歪曲した世界観を、学校教育の段階から国民に植えつけることは可能なのか。高度に情報化された現代社会においては、マトモに考えれば不可能な話だと思えるだろう。だが、過去の夢に捕らわれて同じことを繰り返す権力者は、必ずいる。だから私たちは本書も含め、多くの本を手に取り、その過ちを何度でも振り返っておくべきなのではないだろうか。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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