テック業界の大物たちは自分の責任が問われると、それを「非難」と受けとめた。元々責任をとるのが得意ではなかったが、あまりにも無責任だったため、わずか20年の間に、世界を大混乱に陥れてしまった。フェイスブックやユーチューブ、ツイッターのようなサイトは、有害廃棄物のようなヘイトスピーチや偽情報を垂れ流し、若年層のうつ病発症の増加にも拍車をかけている。若い世代はスマホに依存しがちだが、そうなってしまうのも、ソーシャルメディアを作った会社がまさにそれを意図して設計したからである。
帯にも書かれているとおり、登場人物は錚々(そうそう)たる顔ぶれだ。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツ、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスクなどなど……これだけの大物たちと対等にインタビューしてきただけでも相当な実績だが、そのうえで彼女は誰に対しても等しく批評をぶつけ、舌鋒鋭さを和らげようとしない。なんなら「手加減するなんて相手に対して失礼」とすら思っている節がある。
テック界を牛耳る男たちの多くが「自分は正しい」と独りよがりに思い込み、金や権力、どんどん増えつづける雇われの取り巻きよりも、その歪んだ思い込みを原動力にしている。彼らの魂が腐っていくのも無理からぬことで、彼らは心の奥にある自己嫌悪と怒りを覆い隠そうとして傲慢に振る舞う。権力と富を我が物にしているのに、これほどまでに強く自分を被害者扱いする集団を私は見たことがない。
数多くの取材対象者のなかでも、やはりひときわ大きな存在感を放つのが、スティーブ・ジョブズだ。著者は彼の欠点や性格の悪さも拾い上げつつ、その功績と生き方に最大限の敬意を表する(あくまで彼女にとっての最大限)。著者が聞き手をつとめた、生涯のライバル同士――ジョブズとビル・ゲイツの公開対談の模様も、スリリングかつ感動的だ。逆に、人間としての器の小ささをこれでもかと露呈したのは誰か? だいたい予想はつくと思うが、ここは読者の楽しみにとっておこう。
なお、人を怒らせる達人である著者の語りの前では、読者もまた無傷ではいられない。個人的には、配信ビジネスに長いこと抵抗し、古くさい劇場興行にいつまでもこだわるハリウッドの映画業界がいかに“終わってるか”を書き連ねるくだりに、ちょっぴり殺意を覚えた(もちろん、彼女は冷徹なマシーンのように“的確な意見しか言っていない”)。なので、心を落ち着ける術もしっかり身につけてから読むことをお勧めする。
たしかに、IT業界に身を置く者にとって、そこはそんじょそこらの映画より、よほどエキサイティングな世界だったのかもしれない。だからこそ、危うさにも満ちている。幼稚で無鉄砲なやんちゃ坊主や、倫理観のない革命家気取りが跳梁跋扈し、ある者は世界の覇者となれるほどの権力を手にし、ある者は底が抜けた釜のように大金を失って消えていく。
その世界には、先例がない。ゆえに先読みのできない恐ろしさがある。特に近年、負のパワーの温床として存在感を放っているのが、X(旧ツイッター)やフェイスブックといったソーシャルメディアだ。2021年1月6日に起きた、アメリカ連邦議会議事堂襲撃事件の異様な光景は記憶に新しい。当時、ドナルド・トランプの大統領選での敗北を認めない支持者たちが、不気味な暴徒と化した要因のひとつが、ソーシャルメディアでの巧みな扇動だった。
それでもテック企業は、いくつかの研究を根拠に、あの日の事件とソーシャルメディアとの間には相関関係があっても因果関係はないと主張している。それへの反対意見もあって、そちらはまた別の研究を根拠にしている。しかし、間違いなくはっきりしている点がいくつかある。世界中でソーシャルメディアからニュースや行動のきっかけを得ている人が増えている点、ソーシャルメディアには不安や怒りを生み出す恐ろしい力がある点、そして中毒性がある点の3つだ。私が長年取材してきた専門家も同じ点を指摘している。ソーシャルメディアという新パラダイムの中では、何かに関わるたびに激しい怒りがかき立てられる。しかも、こうした企業の経営者には結果を予測する能力が欠けていて、ソーシャルメディアのはらむ危険を顧みず、本能的にコンテンツを垂れ流しにするので、事態は悪化するばかりだ。
テクノロジーは諸刃の剣だということ、ジョブズのように情熱と注意深さを併せ持つ人間は非常に希少な存在だったこと、あとはそんな理想を台無しにしていく悪党どもばかりだということも、我々やその下の世代は思い知ることになる。いつからか「警鐘を鳴らす者」としての活動に力を入れていった著者にも、いつか幕引きのときは訪れるであろうことが示唆される。
だが、それでも彼女は最後まで戦い続ける気満々に思える。ジョブズ亡きあと、テック業界のトップに君臨した世界の富豪たち(全員男性)に向けた本書後半の言葉は、まるで終盤に向けて盛り上がっていくトランスミュージックのごとき名調子だ。
これだけの富を築けば、プライベートジェットや武器を装備した車を乗り回して離島にある別荘のオフィスへ移動するなどへっちゃらで、何の妨げもなく世界を駆けめぐるテクノロジー界の巨人たちのものの見方が歪められるのは必然的だし、疑いようもない。こうしたむやみに繁殖したプードルみたいな野郎たちは、この惑星で今この上ないほど幸運であるにもかかわらず、自ら作り出した不断の破滅サイクルに飲み込まれるたびに、自分は犠牲者だと言わんばかりの態度をとり、自分よりも価値の低い我々が自分の天才ぶりをなぜ理解できないのかと首を傾げる。重大な過ちを犯しても、永遠の免罪符を期待し、自分の罪を悪魔のせいにする。ありとあらゆる取り巻きに囲まれていい気になり、そのこびへつらいに金を払っている。過ちを犯したからといって、その人の才能を誰かが奪ったりはしない。問題があるのにそれを聞く耳を持たないのが問題なのだ。だが、彼らはそれに気づいていないふりをする。めったに反対されないため、正当な疑問をぶつけられることすら攻撃と見なすようになっている。
そこで著者は、本書のしめくくりを決めあぐねた挙げ句、AIを活用する。この本いちばんの爆笑ポイントと言える“クソみたいな結末”を迎えつつ、まだまだ人間にしかできないことはあるんだな、というささやかな希望も与えてくれる。実に見事なエンディングである。







