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2026.08.20

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AIがそれらしい答えをくれる時代に、自分の頭で考える意味は何か。世界の見方が変わるヒント

講談社「現代ビジネス」編集部によるインスタグラムメディア「朝を待つための知見」で連載されたコラムの単行本化。本書のタイトルにもなっている「自分の頭で考える」というテーマのもと、著名人30名が執筆した真摯な提言集である。

ごく当たり前のことを言っているように見えて、実はそれこそがいまは難しい、という現実問題を本書は反映している。巻頭言にもその編集意図は的確に示されている。
SNSを開けば無数の意見が溢(あふ)れ、アルゴリズムが最適化された正解を提示してくれる今、私たちはいつでも「答え(らしきもの)」を入手できるようになりました。だからこそ、「自分の頭で考える」ことへの憧れや渇望がかつてないほど高まっています。
執筆陣の肩書は多岐にわたる。ゲームクリエイター、文筆家、哲学者、シンガーソングライター、声優、怪談作家などなど……多くは90年代以降に生まれた世代で、つまり若者、あるいは少し前まで若者だった世代と言っていい。多種多様なジャンルに身を置きながら、若いうちから自らのスタイルを構築してきた(あるいはリアルタイムで構築途中の)人々が語る言葉には、同世代やそれより下の世代に刺さるメッセージがあるだろうし、年寄りにとっても「いまの若者はこんなことを考えているのだなぁ」と学ばせてくれる。

もちろん、これだけ多くの声が一挙に集まれば、すべての言葉が心に残るものとはならない。いくつかの金言と、数人のお気に入りの著者と出会えれば御の字だろう。それにしては「みんな真面目だなぁ」というのが全体的な印象である。当然、依頼されて書いているからなのだろうが、不真面目だったり、明らかに手を抜いた文章というのがほとんどない。自分と同世代か、それより上の世代に対しては絶望ばかり抱いてしまう今日この頃なので、それだけでも希望が持てると思った。

気軽に手に取り、なんの予備知識もなしに1日1コラムぐらいのペースで読み進めるのがいちばんいいと思うのだが、それだとあまりに手がかりがない。いくつか印象に残った文章を挙げてみよう。まず、デザイナーの榎本紀子による「ものづくりをすること」という文章。
自分が何かを生み出すときに考えることは、「自分を問うこと」だと思う。自分は何が好きで、何が苦手なのか。それを可視化し、見分けていくことが大切だと思う。
それが難しいのであれば、言葉での表現でもいい。

(中略)
とにかく、自分が何を好きで何を苦手とするのかを問い続けることから、デザインは始まる。そうやって、言葉でも写真でもなんでもいいからふるいにかけていくと、自分の好きなものだけが残っていく。
そのふるいに残ったものは、きっと自分自身なのだと思う。
彼女は小物やジュエリーを手がけるデザイナーとして、独自のブランドで注目を集めているという。そういったプロフィールや創作物に限らなくても、これは名文だと思う。

次に、地方在住で料理動画を投稿しているロウアイキューによる「熱帯夜と抱き枕」という文章。スマホで観る動画やSNSを抱き枕にたとえ、自分もそんな「抱き枕」のひとつを作っているに過ぎないという。やや部分的な抜粋になってしまうが、その言葉は詩的であり、さみしげなところは文学である。
ふと浮かんだ考えがゆっくりと腑に落ちてくるまでのあいだ、どこにも抱きつかずにいる時間。その浮遊感に耐え切れず誰かの答えや価値観に掴(つか)まってしまうと、その瞬間みんなが大好きでわかりやすくて安心するみたいなところに着地してしまう。
きっとそこは枕の冷たいところにはならない。
あるいは、ホラーゲーム制作チームのChilla's Artによるコラム「AI時代でも『考える』ことを手放さない」の一節。実に当たり前のことを書いているように見えるが、こんなにもストレートな言葉で言いたいことを伝えることは、実はなかなか難しい。
だからこそ、「生み出す」ことにおいては、まだ人間が主役であり続ける。今後AIはさらに進化し、より便利になり、考えなくても成立する作業は増えていくだろう。それでもAIに振り回されるのではなく、上手に“使う側”でいたい。自分の考えやアイデアを磨くための「道具」として活用し、創作の質を上げていきたいと思う。AIとうまく付き合いながらも、「考える」こと自体は手放さずに続けていきたい。
いちばん冴え冴えとした才能を感じたのは、お笑いコンビ「ザ・マミィ」の林田洋平の文章だ。「手がかかる脳みそ」と題されたコラムは、軽快なエンタテインメント性があり、起伏に富み、後半のセンテンスと呼応するテクニックがあり、個人の脳内作業にフォーカスしていながらも劇的である。思ったとおりの美文家であるところも嬉しい。
自分の頭は全然考えてくれない。「今日こそは考えないと諸々(もろもろ)終わってしまうぞ」という日に限ってYouTubeを開き、過去の世界陸上の名シーンを見始めてしまう。格闘技の衝撃的ダウンシーン、ポケモン一匹縛り旅などもこういう時に見る代表的な動画で、なぜかしんどい時にオススメに出てくるもんだから、まんまと見てしまう。面白いから。どういうつもりだ、アルゴリズム。そして、決まって最後に、映画『グレイテスト・ショーマン』「This Is Me」ワークショップセッションでみんなが感極まって泣きながら歌っている様子を見て、こちらもサクッと泣いて、そのころには少し周りの雑音などが聞こえなくなってきて、グッと視野が狭くなる感覚。僕の頭はようやく考え始めてくれる。
冒頭で述べたとおり、SNSやAIとの付き合い方というのも本書のテーマである。俳優・タレントから管理栄養士に転身した長谷川あかりの「終わりのない審査を生きる私たち」という文章にも、「自分の頭で考える」ことを阻害する現代の習慣病のような存在として、それらは登場する。その筆致は鋭く、快い。
SNSを開けば、誰が決めたかもわからない正解が溢(あふ)れている。生成AIが献立を弾(はじ)き出し、アルゴリズムが最適化した暮らしを提示してくれる今、私たちは便利さと引き換えに自分の感覚を信じる機会を手放しているのではないか。無意識に正解らしきものを自分に流し込み、わかった気になる。けれどそこには自分がこれを選んだという確信が伴っていない。その違和感は、思考という機能を外側のシステムに明け渡していることへの本能的な警告だと思う。
「自分の頭で考える」ことは確かに大切さだが、それは現代社会においては「タイパ・コスパの悪さ」と切り離すことができない。しかし、いくら回り道をしても、時間がかかってもいいから、自分だけの思考にたどり着きたい。実は、何かを生み出す人は例外なくそうしているのではないか。いまの若い人ほど、その真理が身に染みてわかっているのではないか。むしろ本当に深刻な問題を抱えているのは「考えることに疲れてしまった」上の世代のほうなのではないか……そんな気さえしてくる。

不覚にもいちばん感動してしまったのは、作家・文化昆虫学者として活動する篠原かをりの「ボロボロで愛(いと)おしい手作りの日々」というコラムだった。やや生硬な文章といえるかもしれないが、それはこの際、なんの問題もない。彼女もまた「タイパ・コスパ問題」を度外視して生きており、大袈裟に言うなら「人間存在とは何か」という真理にも迫っている。こんなに気持ちよく言いきれる書き手がいるだろうか、と感動してしまった。
私の思考能力は、どうしようもなく無鉄砲で不注意で不完全で混沌(こんとん)としていて、AIにお伺いを立てるどころか、鉛筆を転がして決めた方が、遥(はる)かに失敗を回避できていたかもしれない。
(中略)
自分だけが自分自身を大失敗へと導く権利を持っているのだ。自分だけが自分の選択の責任を負うことができる。
そう簡単に人生を変えるような文章と出会ってたまるか、と用心して本書に臨む読者もいるかもしれない。だが、そんなに身を硬くする必要はまったくない。書き手の多彩さと簡潔な読み味に触れるうち、そうした気負いは消えていくだろう。それでも思いがけず心を揺さぶられるときは来る。そこでどれだけ素直な気持ちでいられるかが、読者と本書の勝負どころだ。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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