こう書くと、あたかもアニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)に登場するキャラクター“夢邪鬼”の辿る顛末のようだが、あの作品で語られたように、我々はかつて何度も繰り返されてきた人類史の悲劇をいままた目撃しているのかもしれない……とも思えてくる。
2023年2月、犯罪者グループの頭目的存在である今村磨人は、フィリピンのマニラから成田空港に移送される。彼は組織内で自らを“ルフィ”と名乗った。大人気マンガ『ONE PIECE』に登場する海賊王になりたいチームリーダーの名前だが、あの作品に描かれる仲間思いの友情、あるいはヒロイックな活躍とは縁遠い実情が、そこにはあった。猜疑心、嘲笑、煽動、失策……共通点と言えば「世界を股にかけた」違法行為であることぐらいだろう。さらに言えば、物語の主人公のように祭り上げられた“ルフィ”の存在も、実際には脇役にすぎず、むしろ主犯格は別に存在したことが語られる。
いわゆる「ルフィグループ」の幹部たちがビクータン収容所に収監された日時には、タイムラグがある。今村が2019年末、藤田が2021年の4月。渡邉と小島が2021年の11月といった具合だ。「ルフィ広域強盗事件」という数々の報道から、今村をトップとした犯罪集団という印象を抱きやすい。だが、収容所内の様子を取材していくと、複雑に入れ替わる人間関係が事件の下敷きにあった。
ある時期までは非常にビジネスライクな態度で悪事を主導し、余裕のある取り組み方でスキームを定着させたリーダーの渡邉優樹は、見方によってはビジネス書の主人公にも見えるかもしれない。たとえば、こんな場面。
渡邉のマネジメントの特徴の一つが、必要以上に現場に関与しなかったことである。責任感を持たせるためか、大枠のルールは設けた一方で、箱長にはある程度自由にできる権限も与えた。先述したかけ子への報酬の配分や運用方法にしても、一定の余白を残した。渡邉は仕事の過程ではなく、結果に評価を集約させていたのだ。エクセルで個人の売り上げや箱の実績を明確化し、メンバーに目標として植え付けた。
渡邉のグループは後にSNSで「闇バイト」を募集し、多くのかけ子や受け子を操ることになるが、運営に大きな破綻がなかったのはこうした決まりごとが明確だったからである。
いつしか……というか最初からだったのかもしれないが、フィリピンから指示を出す主犯格グループと、その下に雇われた実行役たち(かけ子、受け子、出し子など)のあいだには、「責任の所在」をうやむやにするような物理的・精神的距離が生まれていく。その構造ゆえに、最終的にはどこまでも杜撰な計画、残忍な犯行が野放しになってしまったのではないかとも思える。
後半、渡邉たちがフィリピンの刑務所に収監され、獄中から指示を出すようになると、その距離感=現実感覚の欠如はより加速度を増す。この後半の展開こそ、凄まじい勢いで「夢が悪夢へと転じていく」スリリングかつダイナミックな見せ場だ。
「JP(ドラゴン)、お前らのこと殺すってよ」
その男は、再会したかつての仲間に対し、檻の前の金網に顔をめり込ませながら吠えた。渡邉たちが来る1年半以上も前にビクータン収容所に収監されていた、今村である。
「ボスと藤田は、よく今村と仕事ができるな」
小島は、二度と今村は助けない、藤田の脱走計画にも乗らない、と渡邉に告げた。渡邉と藤田は理解を示すも「タタキにはどうしても人が必要なんだ」と説得。そして、藤田が責任をもって今村との仲介役となることを条件に、小島に引き続き強盗のリクルーターをするよう打診した。渋々承諾する小島に対し、藤田はこう語りかけたという。
「プランの実行後、今村からすべてを奪って殺す。今は友達のふりをしているだけだから」
同時に、「トモダチ作戦」に支障があるという理由で、二人から「キヨトに近づかないで」と告げられた。今村とウマが合わない小島にとって、この申し出は何よりありがたかった。
現実に起きた凄惨な死を含む事件について、こんなことを言うのは不謹慎だとわかってはいるのだが、それでもこの本は傑作だ。徹頭徹尾、冷静な筆致を保つ著者の語り口が、とてつもないドライブ感を発揮する後半の展開には、思わず手に汗握った。
本書では、登場人物のプライベートな行動や言動なども、なるべく簡潔な描写に抑えられている。それは彼らが自らの心の内を簡単には明かさなかった証左でもあるだろうが、ふと映し出される行状に、どこか物悲しさを湛えた人間性が漂う瞬間がある――といっても、結局「読めない」ことには変わりはないのだが。たとえば、こんな場面。
ただ、この頃の渡邉は「もう釈放されることは難しい」と察していた節がある。二人が言葉を交わす時間は少なくなり、受刑者が違法ダウンロードした日本のアニメを見る時間が増えた。彼らが見たアニメの大半は、いわゆる「転生モノ」だった。『転生したら○○だった』シリーズを鑑賞して何を思ったかは定かではないが、渡邉は食い入るように画面を眺めていたという。特に好んだのが、魔王や悪玉の内面を描いた転生モノだった。
「もう詐欺やめようと思っているんだよね」
山田に渡邉がそう打ち明けたのは、1月10日のことだった。
「俺たち、今タタキやっているんだよね」
藤田からはそう告げられた。







