著者は東京大学社会科学研究所の教授であり、政治思想史と政治哲学の専門家だ。これまでに多数の著書を送り出しているが、その中には本書と同レーベルの「講談社現代新書」で、2021年石橋湛山賞を受賞した『民主主義とは何か』もある。ちなみに本書のあとがきには、
あらかじめ前著をお読みいただけるとこの本の理解も深まりますが、もちろん、単独で読んでいただいても構いません。
さて第一章では、20世紀の全体主義を経験したハンナ・アレントとカール・シュミットをはじめとして、アリストテレスやマキアヴェリ、モンテスキュー、トクヴィルといった先人たちの思想や著作が、丁寧に紹介される。その上で著者は現状について「政治というものの理解があまりにも混乱している」とし、権力闘争をそのまま政治と捉える考え方に、異議を唱える。
政治には、本来、一定の定義があるということです。本書ではこれを「透明性を確保された公共の場において、暴力ではなく言葉によって、共同の意思決定を行うこと」として示してきました。それは、ここまでも見てきたように、あくまでも自由で平等な人間が作り出す秩序であり、複数性と多元性が何より重視されます。政治においては、言葉による議論や制度による媒介を通じて、社会の対立を調整しつつ公共の利益の実現が目指されました。このような古典的な政治理解をもはや時代遅れとして捨ててしまうのか、あるいは再利用すればまだ使えるのか。本書では引き続きこの問いを考えていきたいと思います。
中でも「読んでみたい」と感じたのは、第四章に登場するピーター・ドラッカーの『「経済人」の終わり』(The End of Economic Man)だ。今日では経営学者として知られるドラッカーのデビュー作で、1939年に刊行されたという。
この本は政治思想の著作であり、台頭するナチスの前に、オーストリアが崩壊するという状況を背景とした、危機意識に満ち満ちたものです。ドラッカーは、崩壊していく時代のオーストリアを生きた政治思想家だったのです。
結局、オーストリアがナチスに占領されて、ドラッカーはアメリカに亡命します。アメリカで、大手自動車メーカーのゼネラルモーターズ(GM)から「経営方針や経営組織を社外の立場から研究報告するように」依頼されました。その研究をはじめたことから、ドラッカーはそれまでとはまったく異なる経営学者としてのキャリアを歩むようになったのです。
巻末のむすびである「政治の目的とは何か」と「あとがき」では、本書の狙いや執筆の経緯も言及されている。本書に込められた著者の問題意識を心に留めて、「政治とは何か」に向き合い続けたい。








