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2026.06.06

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【歌舞伎ファン必携】十大名家の興亡史──世襲と門閥が織りなす人間ドラマ

歌舞伎座に若い観客の姿が増えた。昨年大ヒットした映画『国宝』の影響はもとより、30歳以下を対象とする「歌舞伎座U30 当日半額チケット」の導入もあってのことだろう。折しも2026年5月は、20歳の尾上左近が名を改め、三代目尾上辰之助として襲名披露の興行を行っている。観客自身の年齢と近い役者の新たな門出に立ち会えることは、歌舞伎を見る醍醐味の一つといえよう。

ただ、初めて足を運んだ方には、わからない部分も多いに違いない。上演される物語の内容をはじめ、せりふ回しも独特だ。ましてや、どの役者がどの家に属し、誰とどういう関係にあり、どんな芸を継承してきたのかを、観劇だけで把握するのは難しい。

頼りとなるのは、いわゆる「鈍器本」と呼ばれるほどの厚さを備えた本書だ。原本は、2013年に講談社現代新書より刊行された。同レーベルで増補新版となるにあたり、家の当主交代や若手の台頭など、その後の出来事が書き加えられている。総ページ数は旧版から200ページ以上増え、656ページに及ぶ。その厚さと重みからも、歌舞伎の歴史そのものをずしりと体感できる。

著者はこれまで、歌舞伎をはじめ音楽や映画、マンガ、歌謡曲など多岐にわたる分野で筆を揮ってきた。本書では明治から令和までの歌舞伎界を、異なる二つの観点からつぶさに描き出している。
本書は役者たちの「藝」を解説し、批評するものではない。歴史読み物として書かれ、さらに「家の継承」という縦軸の物語だけでなく、劇界での「権力闘争」という横軸の物語も描かれる。
(中略)
では、芝居の世界における「権力」とは何であろう。どんな業界にもその世界でのトップを目指す競争はあるし、「人間が三人集まれば派閥ができる」と言われるようにどんな組織・集団にも派閥はある。本書が描くのも、その程度の意味での権力闘争なのだが、具体的には、「歌舞伎座の舞台で主役を演じること」を求めての闘争である。
こうして本書では全四部・三十四話にわたり、時代と家ごとの歴史がつづられていく。ある程度歌舞伎に親しんでいる方は通読を、まだ不慣れという方は、目次をめくって気になった名前や出来事から読むことを勧めたい。目次の後には、役者名と登場話数も整理されていて、参照しやすい。さらに圧巻なのは、カバーの裏にある歌舞伎役者十家の家系図だ。たとえ役者の名前がわからずとも、この家系図を見れば、歌舞伎界が血と藝の継承によって結ばれた大きな一族であることが、一目で実感できる。

また屋号だけでなく、苗字についての由来がちょくちょく登場するのも興味深い。たとえば劇界の名門・尾上菊五郎家は、地名が元となっていた。
尾上家の歴史では三代目が中興の祖と言っていい。この人によって、尾上菊五郎家の藝は確立された。さらに、三代目から菊五郎家の血統も新たになる。この三代目が向島寺島町(現在の墨田区東向島)に住んでいたことから、明治になって役者も苗字を名乗れるようになると、「寺島」姓を名乗るようになった。だから、女優になった七代目菊五郎の娘は「寺島しのぶ」なのだ。
思わず膝を打った。ちなみに2026年6月の歌舞伎座は、出演者の姓の多くが「小川」で占められている。この状況をファンの一部は、「小川家祭り」と呼んでいる。それもまた、家と藝のつながりを知ることで、いっそう楽しめる部分であろう。それは著者のこんな言葉にも表れていた。
劇界の権力闘争を展開してきた家ごとの歴史を知ることで、歌舞伎座で活躍する役者たちが背負っている歴史が分かるはずだ。そんなことを知らなくても、歌舞伎は楽しめるが、知っていれば、また別の楽しみがある。
本書には、一度読んだだけでは記憶しきれないほどの情報量が惜しみなく詰まっている。だからこそ何度でも読み返したくなる。歌舞伎に初めて触れる人の入口としても、長年親しんできた方の再発見としても、本書は頼もしい伴走者となってくれるだろう。

レビュアー

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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