ただ、初めて足を運んだ方には、わからない部分も多いに違いない。上演される物語の内容をはじめ、せりふ回しも独特だ。ましてや、どの役者がどの家に属し、誰とどういう関係にあり、どんな芸を継承してきたのかを、観劇だけで把握するのは難しい。
頼りとなるのは、いわゆる「鈍器本」と呼ばれるほどの厚さを備えた本書だ。原本は、2013年に講談社現代新書より刊行された。同レーベルで増補新版となるにあたり、家の当主交代や若手の台頭など、その後の出来事が書き加えられている。総ページ数は旧版から200ページ以上増え、656ページに及ぶ。その厚さと重みからも、歌舞伎の歴史そのものをずしりと体感できる。
著者はこれまで、歌舞伎をはじめ音楽や映画、マンガ、歌謡曲など多岐にわたる分野で筆を揮ってきた。本書では明治から令和までの歌舞伎界を、異なる二つの観点からつぶさに描き出している。
本書は役者たちの「藝」を解説し、批評するものではない。歴史読み物として書かれ、さらに「家の継承」という縦軸の物語だけでなく、劇界での「権力闘争」という横軸の物語も描かれる。
(中略)
では、芝居の世界における「権力」とは何であろう。どんな業界にもその世界でのトップを目指す競争はあるし、「人間が三人集まれば派閥ができる」と言われるようにどんな組織・集団にも派閥はある。本書が描くのも、その程度の意味での権力闘争なのだが、具体的には、「歌舞伎座の舞台で主役を演じること」を求めての闘争である。
また屋号だけでなく、苗字についての由来がちょくちょく登場するのも興味深い。たとえば劇界の名門・尾上菊五郎家は、地名が元となっていた。
尾上家の歴史では三代目が中興の祖と言っていい。この人によって、尾上菊五郎家の藝は確立された。さらに、三代目から菊五郎家の血統も新たになる。この三代目が向島寺島町(現在の墨田区東向島)に住んでいたことから、明治になって役者も苗字を名乗れるようになると、「寺島」姓を名乗るようになった。だから、女優になった七代目菊五郎の娘は「寺島しのぶ」なのだ。
劇界の権力闘争を展開してきた家ごとの歴史を知ることで、歌舞伎座で活躍する役者たちが背負っている歴史が分かるはずだ。そんなことを知らなくても、歌舞伎は楽しめるが、知っていれば、また別の楽しみがある。








