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2026.06.01

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見あげればロフトの窓に……こちらを見おろす幽霊!? 真実と出会う少年の不思議な物語

現代の小学高学年のための小説

一度読んだ小説のことは、ぜんぶ知人か友人か親友のどれかくらいに思っているが、子どもの頃に読んだ本はその中でも別格だ。

数十年たって結末がアヤフヤになっても、「おもしろいなあ」と思いながら背中を丸めてページをめくった当時の自分のことは忘れないし、そのとき、物語が私の隣にいてくれたことも忘れない。昔からの友だちのようなものだ。会うことも連絡もほとんど絶えていても、名前を耳にすれば「友だちです」と即答するような、そういう存在だ。1人いればだいぶ人生が楽しくなる。

斉藤洋さんの小説『桂の春 見あげればロフトの窓に』は、まさにそういう「昔からの友だち」になり得る本だと思う。現代の小学高学年くらいの人たちに向けて書かれた作品だ。中学受験やSuicaやスマートフォンといった言葉がさりげなく登場する。本作はおそらくこれから続編も出るシリーズ1作目で、主人公の桂と一緒に年齢を重ねていく読者がたくさんいるはずだ。

私はとうに小学校を卒業して大人になってしまっているが、読む人を子ども扱いしないこの本の誠実さがとても好きだ。プロローグから最後の1文までそれは徹底されている。生まれて10年と少しの人たちの心と背丈に合わせたからといって、小説のおもしろさの尺度は、大人の良質な小説と変わらない。

なぜなら、子どもでも大人でも、人生は揺れながら前に進んでいくからだ。自分以外の誰かと関わり、やがて遠く離れてしまうことは、子どもにも起こりうる。小説が子どもにも大人にも大切な理由は、そこにあると思う。

そして良質な小説は「いまこの年齢で読みたい」と「あとで読むとしみじみ効く」の2つの楽しみ方ができる。本作は、子どもの頃に読んで展開にドキドキしたり「なんてことだ!」と結末に驚いたりした数十年後にもう一度読み返すと、新しいおもしろさを見つけたり、当時「なんてことだ!」と思った自分を思い出すんじゃないだろうか。大人のみなさんも子どもと一緒に楽しめるはずだ。

ちなみに斉藤洋さんの『ルドルフとイッパイアッテナ』は、私にとって「小学生の頃からの友だちです!」と大声で言える、ずっと大好きな児童文学のひとつだ。

会おうと思えば、会えるのだ

“桂(けい)”は、3学期の終わり頃に“パパ”から引っ越しを打診される。家を買ったのだという。桂は、引っ越しそのものは「どっちでもよかった」けれど、引っ越し先がどれだけ遠いかだけはちょっと気になっていた。
功とちがう学校になってしまうのは少しさびしかったけれど、転校したからといって、一生会えなくなるわけではない。(中略)
たとえ遠くに引っ越してしまって、功と一生会わなくなったとしても、それは会おうと思わなかったからで、会おうと思えば、会えるのだ。
桂は「算数のむずかしい問題を解いているときがいちばん楽しい」子で、勉強が得意。中学受験の塾では最上位のクラスにいる。友だちは功(イサオだがみんなコウと呼んでいる)の1人だけ。

ほとんどの大人は桂を「勉強ができる、頭の回転の速い、静かな子」と思うはずだが、本作は桂の視点で書かれていることもあって、彼の内面の生き生きとした動きがよくわかる。だからパパと桂との引っ越しのやりとりひとつで、私は桂のことがとても好きになる。友だちと離れることを考えて「会おうと思えば、会えるのだ」に行き着く人は、いいやつだと思う。

ちなみに桂のパパは都内で音楽関係の事務所を経営していて、アイドルグループのプロデュースもやっている。そんなパパの華やかさや、桂の賢さや、やがて訪れる受験は、いまの桂の物語にとって本質ではないところもおもしろい。

たとえば桂は担任の“カジ(梶井元美)”が「きらい」だ。カジをきらいな事実について桂自身がどう思っているかや、きらいになったエピソードのほうが、彼の人生にとって重要なポイントなのだ。

見あげたロフトの窓にいる「彼女」

引っ越し先は隣の学区で、新しい家はロフトのある一戸建てだった。本作では新しい家の間取りがていねいに描写される。たぶん私が小学生だったら本を読みながら間取り図を描いているはずだ(こういうのがね、楽しくて記憶に残っちゃうんですよ)。

そのロフトの窓を家の外から見上げると、ときどき「女の人の影」が見える。幽霊だ。

この幽霊は全員に見えるわけでもなさそうで、たとえばパパには見えないし、功にも見えていない。桂は幽霊が見えるようだ。そして塾と転校先とで同じクラスの“南静奈”も、おそらく幽霊に気づいている。この「見える」と「見えない」の表現がひんやりとおもしろい。
そのとき、南静奈がうちのロフトをちらりと見あげたことに、ぼくは気づいた。
南静奈は、何か知っているのかもしれない。だから、
「きのう、木戸くん。どうしてロフトの窓見てたの?」
なんて、ぼくにきいたのかもしれない。
もしかすると、南静奈は、
「引っ越してきたばかりのうちだし、外からどう見えるのかなと思ったんだよ。」
というのが、うそだと気づいたのかもしれない。
さて、桂は引っ越して2ヵ月後には、幽霊と対面する。生まれて初めて見る幽霊は、もちろん怖い。でも、桂は持ち前の賢さで怖さをものすごいスピードで分解していく。そして桂はこんなことを考える。
からだの透けた女の人がぼくの目の前を通っていったということは、まだ、幽霊の実在を証明(しょうめい)することにはならない。まぼろしという可能性(かのうせい)があるからだ。
でも、それは、幽霊が実在するというほうに、ぼくの気持ちを大きくかたむかせた。
それは、ぼくにとって大きな希望だった。
ほんとうをいうと、希望というものがどういうものか、ぼくにはわからなかった。
それは、たとえば超難関校
(ちょうなんかんこう)といわれている中学校のむずかしい過去問(かこもん)が解(と)けそうになったときの気持ちと似ているかもしれない。
これでいけるかもしれない!
中学受験を控えた現代の小学高学年の少年が、幽霊の怖さを分解して、いま自分が感じている興奮を、受験勉強に例えながら「希望」と呼ぶ。自分の手元にある世界を手がかりに、新しい世界をつかんでいく過程がおもしろい。

では彼はなぜ幽霊を「希望」と呼ぶのか。それは、幽霊にしかかなえてもらえなさそうな「お願い」をするためだった。

あなた、わたしがだれだか知ってる?

桂の「お願い」が何であるかについては、本作のとても大切な部分なので、本稿では触れないでおきたい。もし私が桂と同じ立場だったら、きっと同じことを幽霊にお願いしたと思う。

ただ、桂が幽霊に「お願い」をする場面については紹介したい。
「あなた、わたしがだれだか知ってる?」
「それは、つまり、あなたが、なんていうか、幽霊
(ゆうれい)だということをですか?」
「そうじゃなくて、わたしがだれだかっていうのは、つまり名まえとかのこと。あな
た、わたしの名まえを知ってる?」
ぼくは首をふった。

(中略)
「そういう人って、わたしのほかにもいるでしょ。近所の人で、顔は知っているけど、名まえまでは知らないような、そういう人。あなた、そういう人に、自分の名まえも名のらないで、いきなり、『お願いがあるんです。』なんていう?」
この女性の言い分はもっともで、私は「しまったなあ」なんて思った。桂と同じことをやっちゃいそうだ。相手が生きている人間でも、子どもでも、おとなでも、そして幽霊でも、お願いをするならそれなりの礼儀がある。桂は「ごめんなさい」と言って、自分が何者であるかを彼女に明かして「あなたにお願いをしないわけにはいかない理由」を必死に語る。彼のみずみずしい賢さがよくわかる説明だった。

幽霊と桂との「あなた、わたしがだれだか知ってる?」のやりとりだけでなく、本作は目の前にいる人を「ひとりの人」としてとても大切にする物語だ。

たとえばパパと桂とのやりとりでも、パパは桂を信頼して、ひとりの人として扱っていることが会話のところどころから伝わってくる。そして桂はパパに「うそはいわない」。ただし「ほんとうのことをぜんぶいうわけではない」。これも誠実で独立した人間のふるまいだと思う。

幽霊と出会った桂は、それまで知らなかったことを経験する。冒険といえるようなことも待っている。本作は読む人を子ども扱いしない。そして大人の読者に桂を子ども扱いする隙を与えない小説でもあるが、思わず彼の肩にふれたくなる瞬間が多々ある。でも、相手が大人でも子どもでも、私は同じことをしたくなった気がする。

『桂の春 見あげればロフトの窓に』という題名から想像するに、これから「桂の夏」が待っているはずだ。この人が成長していく様子をちゃんと見届けたい。

レビュアー

花森リド

ライター・コラムニスト。主にゲーム、マンガ、書籍、映画、ガジェットに関する記事をよく書く。講談社「今日のおすすめ」、日経BP「日経トレンディネット」「日経クロステック(xTECH)」などで執筆。

X(旧twitter):@LidoHanamori

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