どうすればもっと楽しくなるか
そして、たいていの場合、ため息をつく人の顔は多少なりとも後ろめたそうで、その後ろめたさの正体を説明する言葉が自分の中でなかなか見つからず不気味で、そもそも無理に読むモノでもないしなぁ……とも思って「そうですか……結構、楽しいんですけどね」で話を切り上げる。
そう、楽しいのだ。ではその楽しさとは何か。「動画でもよくない?」なんて言われちゃったら私はますますお手上げだ。動画だって楽しいんだもの。ただ「動画の方が“コスパ”よくない?」と言われたら、そこだけは「ちがいますね」と否定したい。「コスト(負担)」が何であるかはさておき、「パフォーマンス(利益)」の種類がまったく異なるからだ。
もうひとつ。「作文が苦手」という話もよく耳にする。これは本当によくわかる。小中高と作文が大の苦手で極限までサボって逃げて生きてきたので、「だよね〜!」と大いに盛り上がって、そこで終わりだ。でも文章を書くことそのものをキライなまま生きていくのは、ちょっともったいないかもしれない。このもったいなさは何だろうか。
そんな悩ましい「読むこと」と「書くこと」を、童話作家の斉藤洋さんはどう解きほぐすか。『人生がちょっとよくなる読書術』と『人生がちょっとよくなる文章術』は、題名に偽りなし、人生がちょっとよくなる指南書だ。楽しい文章も魅力だ。斉藤さんとおしゃべりをしているような気がしてくる。
そして人生はオトナにも子どもにも等しくあるものなので、大人向けの本書を読んで「ああ、これは!」と思った大人のみなさんは、ぜひ身近の子どもにもチラッと伝えてみてほしい。きっと楽しくなるはずだ。
読みはじめた本を最後まで読む必要はない
第一部「読書は人生に何をもたらすのか」は、読書はそれなりに好きだが人にはすすめられない私にとって、ウンウンうなずきたくなるような言葉の宝庫だった。
「えらくなるのに、読書は必要か?(ちがうよね)」や「知識は読書以外でも得られる」、そんな“読書無用”にグイグイ近づくような思考を重ねつつ、斉藤さんは山登りを例にあげてハマることについて説く。ちなみに斉藤さんは山登りにはまったくハマっておらず、でも「あること」は、ちゃんとわかる。
何かにハマるためには、きっかけが必要です。
それから、山登りなどは、体力作りが、たぶん、たいへんでしょう。(中略)
ある人は、そういう努力なんて、登山のすばらしさを味わうためには、なんともないでしょう。
もしかすると、その努力自体が楽しいのかもしれません。
読書だって、同じです!
読書を楽しいと思うためには、努力、訓練というコストをできるだけさげ、それによる利益をできるだけあげるのがよいのです。
続く第二部「どうすれば読書はもっと楽しくなるか」は、本書の本番といえる。読書の「大変だなあ」と思うようなところを、少しずつクリアしていくエピソードが斉藤さんの実体験を交えて語られる。これもまた楽しい。
特に、手にした本を「ちゃんと読む」必要はないことを、斉藤さんはいろんな角度から語る。斉藤さんご自身だってこんな感じなのだという。
本屋さんにいったり、通販で買ったりした本のうち、わたし自身、最後まで読むのは、三冊に一冊くらいでしょうか。
とちゅうでつまらなくなったら、やめてしまうからです。
がまんして、つまらない本を最後まで読み続けるほど、人生は長くありません。
そして「本を読むこと」や、読書で得られる喜びについても、斉藤さんはていねいに分解していく。ここは読んでいくうちに鳥肌が立つくらいおもしろいので、本好きも、本がまだ好きではない人も、ぜひ読んでほしい。私が今までモヤモヤと感じてきた動画と読書のパフォーマンスの差が、とても明確にできた。
虚構がいちばん
「この本の目的は、文章を書くことが楽しくなることです」と高らかに宣言して始まるこの本は、私たち次第で、やがて宇宙につながるかもしれないし、中央線のとある駅から始まるヘンテコな物語につながるかもしれない。絵本や、短編小説が生まれることだってあるだろう。
というのも、斉藤さんは「おもしろくもない現実をそのまま書いているから自分が読んでも、人が読んでも、つまらない文章なのです」と言って、おもしろくない文章に少しずつ言葉を付け足してどんどんおもしろくしてみせて、私たちを「書いていて楽しい文章」の世界へいざなってしまうからだ。圧巻! そしてそこには「虚構」の物語が広がっている。
つまり「書いていて楽しい文章」とは虚構まじりの文章だ。気後れは無用、なにせ 「書いていて楽しい文章」の始まりは、なんと単語ひとつなのだから。
心に浮かんだ単語から二千文字くらいの話をふくらませていく具体的な手法が、手取り足取り、軽快に語られている。ワークショップ形式の本といっていい。しかも「結論なんて、適当につければいいのです」なんて具合に、とても気楽で肩の力が抜ける。これは『人生がちょっとよくなる読書術』にも通じるフレンドリーさだ。
第二部「どうすれば物語は作れるか」は「親子で作る絵本」を中心に物語づくりを試せる。個人的にとてもおもしろかったのは「なぜ十五見開きか」という章だ。たいていの絵本は十五見開きでできている。それは、経済的理由からそうなっていることと、「もし自分で絵本を作るなら」という視点から考えても、やっぱり「十五見開きがいいな」となることが、わかりやすく紹介されている。そして物語には構造や設計図があることがよくわかる。
『人生がちょっとよくなる読書術』も『人生がちょっとよくなる文章術』も、語り口はとてもやわらかで楽しく、人間のエモーショナルな部分に手を伸ばす内容だが、同時にとても合理的な本でもある。感情と合理性はきれいに同居するのだと実感できる。
物語を作ることも、本を読むことも、人生をちょっとよくしてくれることを実感できるはずだ。そしてそのどちらもできそうな気がしてくる楽しい本だ。
ちなみに私の人生をちょっとよくしてくれた読書体験でいうと、斉藤洋さんの『ルドルフとイッパイアッテナ』は忘れがたい存在だ。意に沿わない引っ越しをして、転校先の小学校には給食室があった。その給食室に近寄るたびに「シチューの日か、カレーの日か」を一人で考えては、本と自分の世界とを混ぜていた。すっかり大人になった今もシチューを食べると味より先に毛深いネコたちの姿が頭をかすめる。そういう楽しさは、やはりちょっとやそっとじゃグラつかない。人生のよき「利益」だと思う。









