本書は、1885年生まれの随筆家・天文民俗学者の野尻抱影が、日本国内に伝わる星の名前を調べあげた「星名辞典」である(オリジナルは1973年、東京堂出版より刊行)。冒頭の解説によると「本辞典は、日本の農村・山村・漁村に現存する星名約九百種を分類し、それを代表する星名の下に統一収載し、解説を加えたものである」とのこと。
夜空の星について語る人には逃れられない宿命なのか、辞典といいながら全体的にロマンティックなムードが横溢している。同時に、民俗学の文献としても面白い。星の呼び名というワンテーマに絞ってはいるが、言うまでもなくその内容は宇宙的に広大かつ広範。名もなき民の好奇心、天にまたたく星への畏敬が、全国各地に多彩な名前と意味を生んだことを教えてくれる。それこそ綺羅星のごとく。
たとえば序盤で目を引くのは、北斗七星の変わった方言について。信仰心を滲ませる地元住民の証言が生々しい。
さほうぼし(作法星) 加古川・粟生
村の老婆は、「北に出とっての七つの星さんは、さほうぼしさんいうて、もったいない星さんでなあ。わてら、一ぺんもこの星さんの方(北)向いて、おしっこしたことなんかありまへん」と話した。北斗信仰をよく表わしている。
桑原(昭二)氏の《はりまの星》によると、〈はぐんのほし〉について播州各地では、「――北斗七星全部をさしているようです。……勝負師はこの星が何時頃にどっちを向いとるかよう知っとって、それを背に受けて賭けたもんだす。……頼母子(講)に出かけるときも、この星を背に受けて札を入れんとうまく落ちん」といっている。また、「兵隊さんが出征した時、千人針の腹巻やチョッキを着て行ったもんやが、この千人針には必ずはぐんのほしの形を縫いこんで持って行ったもんや。そしてなあ戦いが始まったら、この星に念じると、必ず勝っとった。」と聞いたとある。明らかに北斗を描いたものである。
わたしが初め《日本の星》に、ふたご座の〈ふたつぼし〉を発表すると、越智勇治郎君から、「がにのめ(蟹の目)愛知県壬生川」を報らせてきて、それに、「漁師の人から聞いた名ですが、ふたご座のαとβをガニノメと申します。ガニは蟹の方言です。その人は三月頃、ながせ網(主にサワラやタイ、ハギを取る網)をしに行くのに、戸を開けて見て、ガニノメが隣りの屋根の上に傾いた時に起きて出たと申しました、云々」と書いてあった。
どようさぶろう(土用三郎) 愛媛・広島・大分・富山・三重・静岡・群馬・岩手他
これは初め、愛媛の越智勇治郎君から、壬生川地方の漁夫たちが、「三つ星さまは、土用の一郎に一つ見え、二郎に二つ見え、三郎には三つ見える。」といっていると報告をうけた。それで、夏の早暁の水平線から、三日にわたって順に現われ、縦一文字に出そろう星の姿が目に浮かび、それを見とどける漁夫たちの目の確かさと、それに伴う信仰を考えさせられた。当時はその地方だけでいわれていると思っていたが、その後つぎつぎと同じ報告が集まった。
その稚気をあえて抑制しすぎないようにすること。それこそが星の魅力を人々に伝える大事な要素なのだとわかっているような書き手の態度も、文章のそこかしこに感じる。
さて、わたしは十年近くもカシオペヤの和名を探していた。それが昭和七年の秋、香川県観音寺町の森安千秋氏から、突然〈いかりぼし〉の和名を報ぜられたときは、昂奮をおさえきれなかった。
森安氏のこの報告は、初めて老人星(カノープス)を見た喜びのあとに附記してあった。当時は大学生で、近所の釣好きの人と海に出ているあいだに、ふと教えられたのだという。「夏の夜、沖に出ている漁師たちは、イカリボッサンが高く昇るのを見て、夜のふけたのを知るということを聞きました。そしてこれはカシオペアのことに間違いありません。天井のWをイカリに見るなんて、いかにも内海の漁師らしいではありませんか。」まったくすばらしい名と見方で、和船の錨のツメに擬したのである。かつ、北斗七星のかじぼし(舵星)と相対することで、錨星はいかにも日本の海の星となる。
さらに愉快な名を列挙する。
ゴジャゴジャボシ 静岡市・志摩
ゴチャゴチャボシ 舞鶴・姫路・明石市東二見
ゴチャゴッサマ 群馬県多野郡
ゴヤゴヤボシ 志摩
ジャンジャラボシ 伊豆利島
グザグザボシ 佐渡
著者の甥は、星にまつわる研究のよき協力者でもあったが、戦争は無慈悲にその命を奪った。甥と話した「最後の記憶」の描写は驚くほどあっさりしていて、むしろ著者のなかに息づく喪失感の大きさを思わせる。戦後、平和を取り戻したかに見える地上から、星空を見上げる著者の胸には、どんな感情が去来していたのだろうか。
戦時中の実話では、東支那海で爆沈された輸送船からボートで脱出した人たちが、オリオンによって方角を知り、台湾北部の無人島に漕ぎつけて全員助かったと、甥が話して、星は単にロマンチックなものではありませんと、たしなめるようにいった。それが別れで、今もガダルカナルの海底に艦を柩に眠っている。
本書は多くの「境目」にある。天文と民俗の境目。学問と庶民の声の境目。肉眼で見上げる星空と、天体望遠鏡で捉えた星の姿の境目。科学と人文学の境目。様々な世界の境目に著者は立ち、静かにゆうゆうと、星の感動に胸を高鳴らせながら歩いてゆく。







