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2026.05.14

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相撲とり星、錨星……日本各地の星の和名をまとめた決定版!『日本星名辞典』

星の名前というと、西尾維新原作のアニメ『化物語』のエンディングテーマ「君の知らない物語」の歌詞に出てくる“夏の大三角”を真っ先に思い浮かべてしまう。そのうえ生まれも育ちも東京都内なので、満天の星空に出会ったことは人生で数えるほどしかない。それでも、いつぞや山奥の温泉地で見た夜空の美しさは、たぶん一生忘れられない。しんとした地上の空気と、騒々しいまでの星のきらめきのコントラストは、まさに「体感」でしか享受しえないものだろう。いまほど地上が明るく照らされていない時代、毎晩これだけ星がハッキリ見えるのなら、名前をつけたくなるのも自然なことだと思えた。

本書は、1885年生まれの随筆家・天文民俗学者の野尻抱影が、日本国内に伝わる星の名前を調べあげた「星名辞典」である(オリジナルは1973年、東京堂出版より刊行)。冒頭の解説によると「本辞典は、日本の農村・山村・漁村に現存する星名約九百種を分類し、それを代表する星名の下に統一収載し、解説を加えたものである」とのこと。

夜空の星について語る人には逃れられない宿命なのか、辞典といいながら全体的にロマンティックなムードが横溢している。同時に、民俗学の文献としても面白い。星の呼び名というワンテーマに絞ってはいるが、言うまでもなくその内容は宇宙的に広大かつ広範。名もなき民の好奇心、天にまたたく星への畏敬が、全国各地に多彩な名前と意味を生んだことを教えてくれる。それこそ綺羅星のごとく。

たとえば序盤で目を引くのは、北斗七星の変わった方言について。信仰心を滲ませる地元住民の証言が生々しい。
さほうぼし(作法星) 加古川・粟生
村の老婆は、「北に出とっての七つの星さんは、さほうぼしさんいうて、もったいない星さんでなあ。わてら、一ぺんもこの星さんの方(北)向いて、おしっこしたことなんかありまへん」と話した。北斗信仰をよく表わしている。

星は人間にとって吉兆を示すシンボルであり、時に不吉の前兆でもあった。農村の生活感や、時の権力者の神秘主義を伝えるだけでなく、時にはギャンブラー(勝負師)の運勢をも左右する。魔術的イマジネーションを喚起する星の存在は、昔の人々にとって、いまよりずっと身近だったのだろう(夜になっても星など見えない場所だらけの現在とは違って)。
桑原(昭二)氏の《はりまの星》によると、〈はぐんのほし〉について播州各地では、「――北斗七星全部をさしているようです。……勝負師はこの星が何時頃にどっちを向いとるかよう知っとって、それを背に受けて賭けたもんだす。……頼母子(講)に出かけるときも、この星を背に受けて札を入れんとうまく落ちん」といっている。また、「兵隊さんが出征した時、千人針の腹巻やチョッキを着て行ったもんやが、この千人針には必ずはぐんのほしの形を縫いこんで持って行ったもんや。そしてなあ戦いが始まったら、この星に念じると、必ず勝っとった。」と聞いたとある。明らかに北斗を描いたものである。
同じ星でも、国や地域の違いによって、まったく異なる見方や解釈で捉えているのも面白い。ふたご座=ふたつぼしが地域によって「蟹の目」になるとは思いもよらなかった。
わたしが初め《日本の星》に、ふたご座の〈ふたつぼし〉を発表すると、越智勇治郎君から、「がにのめ(蟹の目)愛知県壬生川」を報らせてきて、それに、「漁師の人から聞いた名ですが、ふたご座のαとβをガニノメと申します。ガニは蟹の方言です。その人は三月頃、ながせ網(主にサワラやタイ、ハギを取る網)をしに行くのに、戸を開けて見て、ガニノメが隣りの屋根の上に傾いた時に起きて出たと申しました、云々」と書いてあった。
到底、星の名前とは思えないような呼び名も登場する。「土用三郎」とは、夏の土用入り三日目をさす言葉であり、オリオン座の呼称でもあるという。しかも、その名が意外と広範囲にわたって浸透していることにも驚く。
どようさぶろう(土用三郎) 愛媛・広島・大分・富山・三重・静岡・群馬・岩手他

これは初め、愛媛の越智勇治郎君から、壬生川地方の漁夫たちが、「三つ星さまは、土用の一郎に一つ見え、二郎に二つ見え、三郎には三つ見える。」といっていると報告をうけた。それで、夏の早暁の水平線から、三日にわたって順に現われ、縦一文字に出そろう星の姿が目に浮かび、それを見とどける漁夫たちの目の確かさと、それに伴う信仰を考えさせられた。当時はその地方だけでいわれていると思っていたが、その後つぎつぎと同じ報告が集まった。
著者自身の“星民俗学”に対する、静かな熱狂が伝わる記述も魅力的だ。ブルース・リー本人より、ブルース・リーの熱狂的オタクの言動を見ているほうが面白い……というような感覚に近いかもしれない。

その稚気をあえて抑制しすぎないようにすること。それこそが星の魅力を人々に伝える大事な要素なのだとわかっているような書き手の態度も、文章のそこかしこに感じる。
さて、わたしは十年近くもカシオペヤの和名を探していた。それが昭和七年の秋、香川県観音寺町の森安千秋氏から、突然〈いかりぼし〉の和名を報ぜられたときは、昂奮をおさえきれなかった。
森安氏のこの報告は、初めて老人星(カノープス)を見た喜びのあとに附記してあった。当時は大学生で、近所の釣好きの人と海に出ているあいだに、ふと教えられたのだという。「夏の夜、沖に出ている漁師たちは、イカリボッサンが高く昇るのを見て、夜のふけたのを知るということを聞きました。そしてこれはカシオペアのことに間違いありません。天井のWをイカリに見るなんて、いかにも内海の漁師らしいではありませんか。」まったくすばらしい名と見方で、和船の錨のツメに擬したのである。かつ、北斗七星のかじぼし(舵星)と相対することで、錨星はいかにも日本の海の星となる。
本書には全国各地にいる取材協力者(=同好の士)たちも多数登場し、交流の幅広さを随所に感じさせる。天体ファンの心をつかんでやまない魅力が、その文体と、おそらく本人の人柄にもあるのだろう。遊び心を感じる記述も多々ある。たとえば以下は、スバル(プレアデス星団)の星々が「固まっている印象を表した方言」の紹介。
さらに愉快な名を列挙する。
ゴジャゴジャボシ 静岡市・志摩
ゴチャゴチャボシ 舞鶴・姫路・明石市東二見
ゴチャゴッサマ 群馬県多野郡
ゴヤゴヤボシ 志摩
ジャンジャラボシ 伊豆利島
グザグザボシ 佐渡
こんな笑いどころがあるかと思えば、戦時中という暗い時代の記憶を伝える箇所もある。本書はそういう「天と無縁の地上の歴史」の無常を、星空とのコントラストとともに伝える本でもある。

著者の甥は、星にまつわる研究のよき協力者でもあったが、戦争は無慈悲にその命を奪った。甥と話した「最後の記憶」の描写は驚くほどあっさりしていて、むしろ著者のなかに息づく喪失感の大きさを思わせる。戦後、平和を取り戻したかに見える地上から、星空を見上げる著者の胸には、どんな感情が去来していたのだろうか。
戦時中の実話では、東支那海で爆沈された輸送船からボートで脱出した人たちが、オリオンによって方角を知り、台湾北部の無人島に漕ぎつけて全員助かったと、甥が話して、星は単にロマンチックなものではありませんと、たしなめるようにいった。それが別れで、今もガダルカナルの海底に艦を柩に眠っている。
あとがきには、星占いの記事やエッセイを多数執筆しているライターの石井ゆかりが寄稿。その文章が本書の魅力を的確に伝えているので、最後に少しだけ引用しよう。
本書は多くの「境目」にある。天文と民俗の境目。学問と庶民の声の境目。肉眼で見上げる星空と、天体望遠鏡で捉えた星の姿の境目。科学と人文学の境目。様々な世界の境目に著者は立ち、静かにゆうゆうと、星の感動に胸を高鳴らせながら歩いてゆく。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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