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2025.07.09

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靴の紐が切れるとよくないことが起こる!? 非科学的な俗信から明らかになる日本文化の基層

幼いころ、「ハトが鳴くタイミングで、その後の天気がわかる」と教わった。「昔からの言い伝え」とも聞いたが、いつ鳴けばどうなるのかは忘れてしまった。それでも時折、街でハトの声を聞くと思い出す。本書を前にし、「そういえばあのエピソードは何が由来だったのだろう」と、あらためて気になった。

著者は1924年に兵庫県で生まれた。『ネット怪談の民俗学』(早川書房)などで知られる廣田龍平氏の解説によれば、國學院大學で折口信夫に師事した後、柳田國男が主宰する民俗学研究所に勤務したという。ともに民俗学の大家として知られており、本書でも彼らの名はたびたび登場する。その後、民俗学を専門としてさまざまな大学で教鞭を執り、1988年から1995年までは、杏林大学外国語学部日本語学科の教授も務めた。2012年にこの世を去っている。

ところで、そもそも「俗信」とはなんなのか。著者は「俗信概論」と銘打たれた第一章において、学術用語としての「俗信」をこう定義する。
俗信というものは、信仰や宗教と密接な関係にあり、個々の俗信は、たえず信仰や宗教と入り混じっているが、あくまで信仰や宗教と併行して存在するものである。そうして俗信というものは、人間がモノを考えることができるようになった、そのころからすでにあって、今につづいているといえるのであるが、これに対して個々の俗信は、生起消滅がはなはだしく、次々に他のものと入れかわっていく。(中略)俗信というのは、
超人間的な力の存在を信じ、それに対処する知識や技術をいう。
その上で、迷信と俗信との違いや祈願と俗信の区別を考え、俗信を規定していく。そして「予兆」「卜占」「禁忌」「呪術」といった種目別に、実例をふんだんに取り上げることによって、まんべんなく俗信資料を論じることを目指す。結果として、俗信がいかに生まれ、広まったかが見えてくる。

本書の原本はちょうど50年前、1975年に弘文堂から刊行された。そのため収録された内容は、発刊よりもかなり前の事例が多い。だからだろうか、具体的な例と豊富な図版を目にするにつれ、物語に似た、昔話を読んでいるような感覚が湧いてきた。特に、全七章からなる本書のうち、実際の例が多く収められた第三章以降では、その感がより強まった。

一方で、たとえば今でも「枕を北に向けて寝ない方がいい」と言ったり、足を細かく揺らす行為を「貧乏ゆすり」と呼んだりする。また誰かが亡くなった時、地域によっては親族が死者のそばで一夜を明かす風習も耳にする。それらの由来も明かされていくことで、すでに廃れた俗信もあれば、先述のように、現代にも伝わる俗信が数多く存在することを、私たちは存分に知ることができる。

なお、俗信を解き明かすことの意義と研究の目的については、著者は以下のようにつづっている。
日本文化の基盤になっているもの──基層文化を明らかにすることが、民俗学の重要な課題の一つであるが、俗信はその基層文化の中で、大きな部分を占めているのである。およそ非科学的だと思われる切れ端の俗信一つにも、そういうことをいい始めた原因があって、一つ一つを見ると、くだらないものである場合もあるが、深い根を持っている。日本人の知識や技術の根元を探ることにもなるのである。
時代や風習が変わっても、むしろ変わったからこそ、俗信は生き続け、私たちの社会を映す鏡ともなるのだろう。そう考えると、今、本書が復刻されたことの意味は大きい。

ちなみに、「鳥啼き」に関する話もしっかり収録されていた。長年の謎が解けた感がある。また、第四章の「呪的な食べ物」として取り上げられた味噌に関するあれこれは、初耳な習わしや使い方が多く、興味深かった。研究書としてはもちろん、最近流行しているフィクション仕立てのホラー小説や、怪談がお好きな方にも、お薦めしたい1冊だ。

日本の俗信

著 : 井之口 章次
解説 : 廣田 龍平

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レビュアー

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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