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2024.08.09

レビュー

24時間星空ライブ中継を実現! ハワイに設置した朝日新聞宇宙部のカメラで観る宇宙

理系新聞記者、ライブ配信を始める

ハワイ諸島の最高峰、マウナケア山は標高4205m。その山頂は、富士山よりも高いにもかかわらず、驚くほど安定している。

常に東から吹く貿易風が島にぶつかって雨を降らせ、乾いた空気となって山を駆け上がる。おかげで快晴の夜は年になんと300日。空気も薄いため空が澄みわたり、世界最高峰の天体観測地として知られるようになった。

ゆえに日本の国立天文台「すばる望遠鏡」をはじめ、世界各国の天文観測台がこの山頂に集まっている。そんな世界一の星空を見てみたくないだろうか? その方法はある。YouTubeチャンネル「朝日新聞宇宙部(チャンネル表示名は「Asahi Astro LIVE」)」にアクセスすれば、24時間365日4K映像で見ることができる。本書は、このライブ配信を実現させた理系新聞記者、東山正宜氏の涙ぐましい活動と、ライブ配信がもたらした成果について記された、実に楽しい一冊だ。

東山氏は名古屋大学理学部物理学科を卒業し、研究者への道を探るも、そこは一生かけても勝てなさそうな秀才ばかりの世界。研究者への道を諦め、朝日新聞に記者として入社し、7年目に科学部へ異動する。子供の頃から鍛えた天文写真の腕前を発揮し、2010年には地球に再突入する小惑星探査機はやぶさを捉えた写真が東京写真記者協会賞の特別賞に選ばれる。天の川が広がる夜空に、大気圏を突き破る一閃の光となったはやぶさの姿は尊い。

さて、今はどこの新聞社も部数減の苦境に立たされている。活路はデジタル、YouTube。と言いつつも“天下”の朝日ゆえに安易な“おもしろ”路線には走れない。そこで東山氏がたどり着いたのが天体のライブ配信だ。

ライブはいい。なにしろ編集しなくていい。

そう考えて始めたライブ配信の方向性を決定づけたのが、長野県の東京大学木曽観測所から捉えたオリオン座流星群だった。このとき好条件が揃い、10分に1個のペースで流れ星が現れた。

日本人は、流れ星を目の当たりにすると、願い事を3回唱える習性がある。
「カネカネカネ!!」
「カネカネカネ━━━!!!!
「カネカネカネ━━━━━!!!!
チャット欄は酷いことになった。

この夜のPV、なんと268万。この実績を後ろ盾に、天文専用チャンネル「朝日新聞宇宙部」を開設する。

朝日新聞宇宙部の名称は、YouTubeなのでウーチュー部というダジャレから思いついた。

……。東山氏は、朝日新聞デジタル企画報道部次長と肩書きこそイカついが、いわゆるデスクと呼ばれる中間管理職の、純度高めのオジさんなのだ……。星が好き、物理が好き、宇宙が好き。その好きが高じて仕事をしていたら、国立天文台の協力のもとマウナケア山頂の「すばる望遠鏡」にライブカメラを設置するまでに至ってしまった。そして、ライブカメラはさらなる実りをもたらし始める。

学究の種を蒔く

朝日新聞宇宙部のライブカメラは、たくさんの天体現象を捉える。なかには夜空に突如現れる「青白く光る渦巻き」や、天空から照射されるレーザー光といった不可思議な現象もある。その度にアマチュア天文家やNASA、世界中の天文科学者が、知見を持ち寄ってその現象を解明し始める。チャンネルのチャット欄は、極めてスリリングな「学究の場」になっているのだ。

さらにライブ配信は、次世代の天文学者にも種も蒔いている。
2021年8月、兵庫県明石市の中学生、谷和磨さんは夏休みの自由研究を「ペルセウス流星群」に決め、毎日マウナケア山頂のライブ配信で流れ星の数をカウントしていた。流星群のピークになると発表されていた13日の流れ星は165個。しかし、おかしなことに翌14日に196個もの流れ星が観測された。谷さんは、これを「極大(ピーク)の日より翌日に多く流れた。(流星が放出する)チリの位置が1日分ずれたか、別の群がかぶった」と考察し、自由研究にまとめる。これが明石市立天文科学館の館長の目に止まった。国際流星機構(IMO)が発表した想定外の大出現を、中学生が独自に発見し、その理由まで考察されている……! 館長の手が震えたという表現は、多分大げさではないと思う。

みなさん、まずはマウナケア山頂のライブ配信へのリンクを押してみてほしい。時差は19時間。日本時間に5時間プラスするとハワイ時間になるから、午後4時にはハワイの満天の夜空が見られる。普段「星を見る」ことに意識的ではない私たちにとって、マウナケア山頂の星空は驚きに満ちている。明滅する星々。ゆっくり動くのは飛行機か、人工衛星か。すばる望遠鏡のお隣のケック望遠鏡から放たれるレーザー光に、流れ星……。その夜空の賑やかさ、饒舌さに思わず見入ってしまうことだろう。画面越しであっても、その癒し効果は抜群だ。

そして本書を読んでみる。画面越しの星空、その宇宙の4分の1は正体不明の暗黒物質(ダークマター)で、残りの7割は意味不明な暗黒エネルギー(ダークエネルギー)だと知る。星空は未知なる世界の入り口。しかし人類は、次世代の大型観測装置PFS(超高視野多天体分光器)で、暗黒物質の謎を解き明かそうとしている。ちょっとワクワクしないだろうか?

星が好き、物理が好き、宇宙が好き。そんな理系おじさん記者の孤軍奮闘メディアミクス仕事に、いつの間にかハマってしまい、私のデスクトップのサブ画面は常時マウナケア山頂のライブ配信になっている。現在、ハワイ時間23時02分。山の稜線から眩しすぎる月が姿を現したところ。私も、しっかり東山氏に種を蒔かれてしまったようだ。

朝日新聞宇宙部

著 : 東山 正宜

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レビュアー

嶋津善之 イメージ
嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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