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2026.04.10

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「人格否定発言」の背景には何があったのか?「平成の天皇家」と「令和の天皇家」はなぜ衝突したのか

2006年から2008年まで、共同通信社社会部宮内庁担当を務めた著者による、ふたつの時代における天皇家の変化を描いた一冊。「一国の象徴」として常に国民の注目を集め、数多くのタブーにも縛られた家族の葛藤、特異な生活環境が浮き彫りにされる。いまだ多くのアンビヴァレンツを抱えながら存続する天皇制についてはもちろんのこと、現代日本のメディアのあり方にも一石を投じる内容だ。
令和の世になって賞賛を受け続ける徳仁天皇ご一家だが、不遇を極めるその暗黒の時代は、実は「人格否定発言」の後にやってきた。その意味では、発言によって雅子皇太子妃を巡る困難な状況を打破しようとした徳仁皇太子の思惑は、失敗した。
「失敗した」とはどういうことか。そもそも「人格否定発言」とは何か。あまり熱心な皇室ウォッチャーでない読者(自分も含め)には「そんなことあったんだ」と驚くような記述も多い。そこには、著者が宮内庁担当記者として間近に見てきた生々しい光景も含まれる。

平成・令和の天皇家というテーマを描くとき、避けては通れないのが雅子皇太子妃の歩んだ苦難の日々だ。この国の一般社会においても、「家庭と仕事を両立させる現代女性」の生きにくさは誰もが体感し、あるいは目撃したことのある問題だろう。まして、旧時代の象徴のような天皇家に入り、かなり早い時代から(といっても30年ちょっとしか経たないのだが)その実践を試みた元外交官女性が、内からも外からもバッシングにさらされることになったのは、日本の悲劇そのものに見える。そこには当時、「精力的な外交活動」と「享楽的な海外旅行」をたやすく混同しやすかったマスコミや大衆自身の意識の古さも含まれる気がする。読みながら自戒の念に胸の痛くなる読者も少なくないはずだ。
いまでこそ、女性が仕事を続け、キャリアを積みながら、結婚、出産、育児を両立させるのが当たり前のように思われるが、当時、「キャリアウーマンの先駆け」のように扱われた世代の女性たちは、一種悲壮な覚悟を持って仕事をしていただろう。「男性並み」であることを求められながら仕事でキャリアを積み上げるには、結婚はできないかもしれない。でも、できるなら結婚もして、仕事と結婚生活を両立させたい。「小和田雅子さん」は当時そう思っていたのであり、やがてそれが「皇室による国際親善」と、「皇太子妃として家庭を持つこと」の両立を目指すことになっていく。
そして、本書は雅子皇太子妃の“果されなかった願い”の痛々しい軌跡を追う。そのうえで、徳仁皇太子が2004年5月の記者会見で発した「人格否定発言」の真意を掘り下げていく。そこにはかつて“完璧なプリンス&プリンセス”を体現し、全国民に慈愛を傾ける平成天皇・皇后夫妻からの無言のプレッシャー、あるいは言葉や態度を伴う重圧があったのではないかと本書は推察する。
外国に関わることを、自らの存在意義のように感じていたであろう元外交官の女性にとって、外国訪問がかなわず、出産だけを求められ続ける現実には、途方もない失望と悲しみが伴ったと思う。また、海外を巡る美智子皇太子妃の活躍ぶりは、皇室入りする際の「皇太子妃のモデル」として雅子皇太子妃の脳裏に色濃く存在していたと考えるのが妥当だ。結婚を申し込んだ徳仁皇太子も、母のそうした活動を「外交官の仕事に代わる重要な役割」として皇室入りの重要な説得材料にしていたと思われる。
ところが、自分はそうではなかった。男児出産を果たさない限り、その向こうにあるはずの、あるべき皇太子妃の姿、あるべき自分の姿にたどり着けない。雅子皇太子妃が自分の役割と存在意義を見失い、焦りと絶望の淵に追い込まれたであろうことは想像に難くない
著者は、明仁天皇・美智子皇后夫妻が昭和時代から体現した“ロールモデル”(まさに象徴天皇)としてのありよう、生きざまが、令和の徳仁天皇・雅子皇后とはまったくタイプの異なるものだったことを、数々の内部事情を交えて明らかにしていく。時折、著者のアグレッシブな取材姿勢がほの見える場面もあり、スリリングな面白さも味わわせてくれる。
「人格否定発言」からは数年後のことだったが、私は雅子皇太子妃の詳しい病状を知りうる立場にいた東宮職幹部に、病気から回復しない雅子皇太子妃の抱えるストレスの因子とは結局何なのかとしつこく問うたことがある。重い口をなかなか開こうとしないまま二年が過ぎ、ついに私は「ストレス因子は天皇と皇后そのものである」との証言を引き出した。
もちろん、この人物の見立てが正しいのかどうかは断定できない。
一見非の打ちどころのない平成天皇夫妻の生き方も、前世代や旧時代からの反作用によって形成されたものであることが、徐々に見えてくる。次世代に苦悩はつきものだが、それは“新しい道”の模索へとつながっていく……いいように言えばそうなるが、おこがましいとは思いつつ、やはり同情は禁じ得ない。

加えて「皇族」にはつきものの、生活環境の閉鎖性という問題もある。日常生活と政治的監視体制が密着したような環境は、いかにも健康によくない。
私が耳にした証言の一つは、東宮御所での行動や内密の話はどういうわけか明仁天皇夫妻側に筒抜けになっており、東宮御所内部では安心して話ができない、というものだった。誰がどんな理由でそのような仕掛けを作ったのかは知らないが、家の中にいながらも警戒心が解けないのであれば、安心できる友人と外で会いたくなるのは仕方がない。当時、人を遠ざけるようにして私的な外食を繰り返したのはこのためだったのかと納得した。
また、似たような話として、皇太子夫妻が東宮御所に人を招いた際のことを聞いたこともある。関心のある分野などで、夫妻が人を招いて懇談すると、どういうわけか、しばらくして同じ人物が今度は明仁天皇夫妻にも呼ばれてしまうのだという。
いつの世もそうだが、変革には思ったよりも時間がかかる。いまや当たり前になった常識が受け入れられるまでに、実は数多の犠牲や、長大な回り道を下敷きにしていることもある……と、地動説を描いた漫画『チ。 ―地球の運動について―』でも描かれていた。本書でも、令和の天皇夫妻の苦難の道のりを描きつつ、むしろ次世代への希望を示したエピソードが鮮やかな印象を残す。

以下は、徳仁天皇夫妻の愛娘・愛子内親王が、2024年に単独地方公務として佐賀県を訪れた際の逸話。さりげない言葉、そこに潜む等身大の共感性に、新風を感じさせる。
愛子内親王は和紙の工房を訪れて、冷たい水に手を浸し、和紙を漉く体験をした。隣に立って補助役をしたのは二五歳の若い女性の職人で、年が近いこともあって会話が弾み、愛子内親王は女性にこんなふうに話しかけたという。
「水の冷たさとか、流れる音とか、紙の感触とか、そういうのが新鮮で心地いいですね」
聞いてみると、女性は「水が冷たくて大変ですね」といった言葉をかけられるのではないかと予想していたらしい。私の経験に照らしても、実際に皇族の言葉とはそういったものが多いし、その意味でこの女性は的確な予想をしていたと思う。
しかし、愛子内親王は、そのようには言わなかった。
(中略)これはきわめて「個人的な」行為だったと思う。
女性は「私はここで働くのがすごく楽しいんです。だから、愛子さまにそういうところを分かっていただいて、そうなんです! そうなんです! って、嬉しくなってしまいました。
(中略)」と、嬉しそうに話した。
皇族ウォッチャーの視点や価値観にも、新しさは必要だろう。自分が求める“見たいもの”が、まったく時代にそぐわない、相手の幸福を剝奪するようなものであってはならない。皇族の生活をわざわざ国民の目にさらすこと自体をいちから考え直すことになったとしても、それはそれ。そういう意味も含めて、終盤の著者の言葉は印象深い。
国民の一人として言うならば、私は「つくられた家族」など見たくもないし、それを演出するために「個」としての人間性を犠牲にするようなことが行われてきたのならば、そんなものはもうやめてほしい。私たち国民が見たいのは、ありもしない理想のファミリーを演じようとする家族のフィクションではなく、現に幸せでいてくれる家族の姿だ。現にある幸せを象徴する姿だ。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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