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2026.03.18

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わたしの中に潜む無数の生命──最新研究でわかった驚くべき生物たちの姿

本書が描く生命の姿は、複合体としての実在である。「わたし」の中には、実は多くの生命体が複合体として存在している。それは遺伝子という意味でも、細胞内小器官(オルガネラ)という意味でも、また生物種の共生体という意味でもそうである。どこに区切りがあり、どこからが「わたし」で、どこからが「あなた」なのか、その境界さえ判然としないものも少なくない。生命は合体し、新たな形の生命を生んでいく。
著者のこの言葉通り、本書は全9話にわたって、さまざまな命のはざまを紡ぎ出す。「人は一人では生きられない」とよく言われるが、実際はヒトだけに限らず、この地上で生きるあらゆる生命体は、自らと他者の命を融合させ、共存することによって、その進化を図ってきたことがよくわかる。

第1話の舞台は、アメリカ・イエローストーン国立公園だ。過去の乱獲のため、この地から姿を消したオオカミは、1995年にカナダから再導入された。結果、乱獲以前の状態からその数と土地の生態系を大幅に回復させたという。またこの再導入においては、多くの研究者が長年にわたり追跡調査を行ってきたそうで、中でもモンタナ大学の生態学者2名による発表には、大きな発見があったそうだ。
2022年に発表された彼らの論文によると、調査したオオカミの少なくない個体がトキソプラズマ原虫(Toxoplasma gondii)に感染していた。感染率は、ネコ科に属するピューマの生息域と重なる形で縄張りを持つオオカミ個体群で高い傾向があり、本来ネコ科動物を宿主とするトキソプラズマが、ピューマとの接触を通じて、オオカミに感染したことが推察された。驚きだったのは、感染とオオカミの生態との関連性であり、感染したオオカミ個体は、群れのリーダーとなる確率が、非感染個体に比べて、なんと46倍以上、上昇することがデータから予測されたのである。
本文図表/イラスト 千田和幸
トキソプラズマ原虫は、ヒトを含む温血動物に感染する。だが彼らが有性生殖を行い、卵(オーシスト)を作ることができる環境は、ネコ科動物の体内のみだ。そのためこの原虫は、「感染した宿主の行動を操る」ことで、自身の生殖が有利に運ぶよう画策する。たとえば原虫に感染したネズミは、本来天敵であるはずのネコの姿を恐れなくなる。またヒトにおいては、大半が潜在感染であるものの、感染者には「リスクのある積極的な行動をとる傾向」が指摘されているそうだ。
全人類のおよそ3分の1がトキソプラズマに感染していると言われており、その数は全世界で20億人以上ということになる。そして、そのほとんどは無病微感染で、終生保菌状態で過ごすことになる。つまり、今、あなたの目の前にいる決断力と積極性を持った魅力的な人物は、トキソプラズマに感染しているのかもしれない。その人格は、感染の影響が表れているだけなのか、それともその人の個性なのか?
この問いに、思わず唸ってしまった。自らの体内に、声なき他者が既に「いる」──フィクションならいざ知らず、現実としてそんな風に考えてみたことはなく、ましてやその他者が、今の自分の性格や行動にも影響しているとするならば、面白さ以上に、空恐ろしさすら感じてしまう。

こうした視点から生命を見つめる著者は、現在、神戸大学大学院農学研究科で教授を務めている。既刊『ウイルスは生きている』(講談社現代新書)で第32回講談社科学出版賞を受賞した、染色体外因子(ウイルスやトランスポゾン)の専門家だ。ちなみに第2話以降では、腸内細菌の働きやミトコンドリアと葉緑体の起源、ハリガネムシとカマキリの「入水自殺」の関係など、著者の研究領域以外にも話題が広がっていた。あとがきには、「本書では自分の専門外から遠く離れた内容にも触れたため、各分野の第一線で活躍をされている専門家の先生方に査読の労を取って頂いたとあり、読者としてその誠実さと生真面目さに感服した。

生命の誕生以来、果てなく続いてきた融合と合体。その先の「今」を生きる私たちは、はたして何者なのか──著者が投げかけるスリリングなこの問いへの答えは、本書を読んでその目で確かめてほしい。

レビュアー

田中香織

元書店員。在職中より、マンガ大賞の設立・運営を行ってきた。現在は女性漫画家(クリエイター)のマネジメント会社である、(株)スピカワークスの広報として働いている。

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