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2026.01.13

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コメが買えない、高い、この異常事態をどう乗り切るのか? アメリカの陰謀を脱却するには!?

「毎日のようにコメを炊く」という生活が、こんなに遠いものになるなんて誰が想像しただろうか。一時の高騰ぶりに比べれば若干安値になってはきたが、それでも毎回ごはん食を選ぶのは庶民にとって相当厳しい状態が続いている。本書は東京大学大学院農学生命科学研究科の特任教授である著者が、「令和のコメ騒動」に潜む思惑と実相を暴き、日本人がこの危機をどう乗り切るべきかを明確に打ち出す提言書である。
これまで農家も農協もよくがんばったが、それでも米価は下落し続けて農家は苦しくなった。「安すぎる米価」で農家を追い詰めてきたのは、小売・流通業界と消費者にも、さらに、それを放置してきた国にこそ責任がある。
コメの記録的不作のはるか以前から、すでに「令和のコメ騒動」の布石は打たれていた……と著者は語る。国産米の価格がいまほど高騰する前、米価はどんどん下がり続けていたという事実を我々は忘れがちだ(最初からコメが安かった時代しか知らない若者世代は、不運としか言いようがない)。長年の価格破壊の果てに揺り戻しが起こるべくして起きたという捉え方もできようが、それ以外の恐るべき思惑も、現実にはプラスされていた。
第1次トランプ政権の時代に、トランプ大統領は「日本からの輸入自動車に最大25パーセントの追加関税をかける」と迫った。そんな関税をかけられた日には、トヨタ自動車をはじめとする日本の自動車産業は干上がってしまう。
(中略)
自動車産業を守るために、農産物の輸入枠拡大のカードをアメリカに次々と譲っていったら何が起きるだろう。最後に残った譲れないカードはコメと乳製品だった。これを切ってしまったら、日本のコメ作りと酪農の崩壊が加速する。
結果はご覧のとおり。いまや大手スーパーの棚には、アメリカ産のコメが平然と並んでいる。まるで日本のコメ不足を救うかのような風情でカリフォルニア米が堂々と陳列されているさまを、我々は日常的に見るようにはなったが、何か「一線を越えてしまった」感は否めない。
自動車の関税を軽減してもらうために、いったい日本はどれだけのものを差し出さなければならないのだろう。コメは日本人の主食だ。「最低限コメだけは国内の自給率を高く維持しよう」とみんなでがんばってきたにもかかわらず、そこに踏みこんで日本はコメ市場をアメリカに譲歩してしまった。
しかも結果的に、自動車産業を最大限守りきれもしなかった。アメリカに脅かされれば、日本はすべてを失うつもりなのだろうか。
「何でもするから許してください」という低姿勢で交渉に臨んだら「もっと出せ」「もっと出せ」と迫られてしまう。出せるものをだいたい出し尽くしてお手上げになったら、ようやくそこそこの妥結点で決着してもらう。トランプ大統領は、日本の弱気な外交にすっかり味を占めているのだ。
このコメ輸入市場をめぐる現況が、日米の上下関係を象徴していると著者は見る。それは第二次大戦後から始まった「占領政策の行き着く先」だという分析が、なんとも不気味な執念深さを漂わせて恐ろしい。そして、その実行者が資本主義の権化のようなトランプ大統領であり、日本の現政権にその要求を突っぱねるような気配が到底ないという現実にも、震えが走る。

著者は「農業は国防」であると訴え、その意味で現在の日本がいかに脆弱であるかを明らかにする。本書に掲載されたFAO(国連食糧農業機関)作成の「HUNGER MAP(飢餓地図)」が示すのは、日本に対する残酷な判定だ。これは総人口に対する栄養不足の人の割合を国別に示したマップである。
驚くべきことに、2019~2021年版の『HUNGER MAP』で日本列島にピンク色(人口比で2.5~4.9パーセントが飢餓状態)がつけられた。北米やヨーロッパ、ロシア、中国などと違い、日本は世界で栄養不足人口が多い国の仲間入りを果たしてしまったのだ。
「日本は世界に冠たる先進国だ」と威張っているのは、もはや日本人ぐらいなのかもしれない。「日本はこれから食料危機に見舞われて飢餓に陥る」のではなく、日本人の一部はすでに飢餓状態に陥っている。それくらいの危機感をもって、現況に目を向けなければならない
最も恐ろしいのは、その危機の正体が自然災害ではなく、むしろ人災である点だろう。著者は、農水予算を真っ先に切り捨てようとする財務省の政策について、警鐘を鳴らす。
日本とは対照的に、中国はどのような政策をとっているのか。彼らは、14億人の人口が1年半食べられるだけの食料備蓄に乗り出している。世界情勢が悪化と不安定化をたどる中、日本には国民が1ヵ月半しのげる程度のコメ備蓄しかない。そんな状態で不測の事態が発生したとき、子どもたちの命を守れるわけがないだろう。
今こそ総力を挙げてコメを増産し、備蓄米を増やすのが不可欠なはずだ。そんなタイミングで「備蓄米を減らせ」という話が、なぜ財務省から出てくるのか。
官民一体となって推し進められている「フードテック」の開発も、表向きはどうあれ、その内実は著者に言わせれば怪しいことこの上ないという。そもそもこの造語は、世界的な人口増加や、SDGs(持続可能な開発目標)などの喫緊の課題を踏まえた最先端技術だったはずだ。しかし、その行きつく先をよく見れば、旧来の食糧市場の一掃・破壊、あるいは見当はずれな新規ビジネスの開発・独占だったりする。すべての取り組みがそうではないにしろ、もういちど事業内容を改めて見直したくなること請け合いだ。もはやディストピアSFの世界である。
つまり、農業そのものの否定だ。フードテック推進の極端な論理である。ややもすると私たちは、彼らが「環境に優しい農業が大事だね」と言っているのかと勘違いしそうになるが、そうではない。農業そのものを否定し、潰し、そしてコオロギ食などの昆虫食や人工的な食べ物で儲けようとするのが彼らの目的だということが明らかになってきた。
こうした議論は「工業化した農漁業や畜産を見直し、環境に優しい農漁業や畜産に立ち返るべきだ」と主張しているのではなく、「農漁業、畜産の営み自体を否定しようとしている」意図が強いことに気づく必要がある。
読みながらなんとも鬱々とした気分になってくるかもしれないが、一方で確かに存在する「希望」についても、本書後半では語られる。「コメがなければ生きていけない」から粛々と国に従うのではなく、「だからこそ別の選択肢を探す」道もある――つまり、巨大で身勝手で驕ったシステムに頼らず生きていく方法は、まだあるという教えだ。章タイトルは「日本農業 希望の灯し火」。
国が本気になって農家を支えないのならば、市町村が主体的に動き始めればいい。
(中略)
近未来に起こりうる「コメが食べられなくなる」というリスクを、地域の取り組みによって希望へと変えていける。
本文中で示されるさまざまな取り組みを、実際に日常生活で実践している読者もいることだろう。巻末に用意された「おわりに」は、単なるあとがきというより、もはや本書で最もストレートかつ濃密なメッセージ性を感じる内容だが、そこに記された“覚悟”もまた熱い。
私のような高齢世代は、次世代を守る盾になれるか、巨悪との「最後の闘い」の時が来たように思う。
この一文に胸打たれた方も、毎日気兼ねなくコメが食べられた時代(といってもほんの数年前の話だが)を懐かしむ人にも、ぜひ読んでほしい一冊だ。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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