本書はフリーアナウンサーとして知られる著者が、50代を迎えるにあたり、「人生の棚卸し」を試みた一冊だ。内容は書下ろしと、WEBマガジン『mi-mollet(ミモレ)』で発表した原稿に加筆修正をしたもので構成されている。自身の生い立ちや就学、就職、転職といった人生の節目をはじめ、14年目を迎えたラジオパーソナリティの仕事や、恋愛、結婚、不妊治療、友人、ペット、家族といった話題が、全5章にわたってたっぷりと語られる。
全編を通して、著者はとにかく正直だ。失敗も悩みも後悔も、ごまかすことなくつづられている。NHKを退職するまでの経緯や、フリーになって担当した番組の早期終了、婚活を決意してからの元カレ行脚──どの話も率直な書きぶりで、「これ、読んじゃっていいんですか……⁉」と、思わず本に語りかけてしまった。その後も、努力家で涙もろく、感情表現が豊かでユーモアを愛する著者を知れば知るほど、ぐいぐいと惹き込まれていく。その魅力は、読みやすい文章にも確かににじみ出ている。
特に、年齢や状況的に重なる部分の多かった第2章「恋愛と結婚を棚卸し」と第3章「子のない人生を棚卸し」は、他人事ではなかった。過去の著者の姿に、記憶の中の自分が重なって見える。読みながら何度も、著者とかつての自分を抱きしめたくなったし、ここまで赤裸々に書いてくれたことに称賛の思いも湧いた。人は問題の渦中にいると、自分の感情であっても言語化できないことがある。言葉にならない気持ちには、置き場所が見つからない。しかし著者の体験を追うことで、昔は形にならなかった心に、ふと名前がついた。読むことでも、いつの間にか「棚卸し」がされていく。新鮮な驚きだった。
さて第4章と第5章では、著者の家族が登場する。義理の実家で農作業を手伝った時の著者の写真は、素敵!の一言。「家族のような友人」の存在とつながりにも、うらやましさと「その手があったか!」という発見で、心が躍る。

父母と弟はバンクーバーから、私は大学生で東京から、ニューヨークで集合した家族旅行。最終日の夕食、畏まったレストランで食事をした。そこで、父はおもむろに語り始めた。
「発表があります。お父さんは、会社を辞めます。日本に帰らず、会社を起こし、カナダの移民になり、カナダでずっと暮らします。だから、これから家族四人全員で一緒に暮らすことは、二度とありません。以上。よろしく」
まったく予想していなかった発表に驚いた。
(中略)
そして実際に父が亡くなるまで、四人が一緒に暮らすことはなかった。
50歳前後の方はもちろん、それぞれのテーマに関心を持った方や、就職を控えた方、社会人として歩み始めたばかりの方にも読んでほしい本書。最近ではなかなか得られなかった「憧れの背中」が、意外な形で目の前に現れてくれたようにも思う。まだ眩しく見えるその背中を、少しでも追いかけていけるように。心が沈んだ時や、次へ進む勇気がほしくなった時には、忘れずに読み返したい。