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2025.09.17

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生成AI時代──知財を制する者が世界を制す! 知財トラブルの地雷を踏まないための基礎知識

お気持ちの前に、知財について知ろう!

世の人々は大体が「パクリが嫌い」だ。同時に「どこまでならパクリ認定されないか?」にも興味津々だ。繰り返し話題になるコスプレや同人誌の許諾問題とか、最近ではアニメ『ダンダダン』の劇中歌についてのYOSHIKI氏のつぶやきとか、連日ネットが沸いている。でもXのタイムラインは毎回だいたい同じ展開で、知財についての知見が深まっているようには見えない。多分「パクリだ」「わきまえろ」「許せない」といった"お気持ち"の表明で満たされてしまっているのではないか? でも、それではもったいない。だって目にするもの、手にするもの、ありとあらゆるものが「知財」に関係しているのだから。

知財とは略称で、正しくは、「知的財産」または「知的財産権」という。
「知的財産」とは、ざっくり言えば「人間の知的活動によって生み出された財産的な価値を持つ情報」などのことであり、「知的財産」に関する権利が「知的財産権」である。
誰かが苦労して作り出したもの、誰かが長年使用してきた営業標識が、無断で金儲けに使われたら世界は大混乱する。そのために「知財」を保護する制度が作られた。以下がその基本的な仕組みだが、わかってるつもりで全然理解していなかった。
そんな知財をめぐる制度が今、時代の大波をかぶっている。
その大波のひとつがAIだ。

よく話題になるのが、「AIが作り出したものに著作権などの知的財産権はあるのか?」問題。そもそも論として、上記の「知的財産権のマトリクス」にある「知的創造物」は、「人間が作り出したもの」であることを前提にしている、なのでAIは著作者になれないし、著作権は発生しない。でもAIの助けを借りた著作物や発明だとどうなのか? "すげー独創的なプロンプト(=AIに与える指示や質問)"を考えついたら、それに著作権はあるのか? など微妙な議論が多数ある。

ほかに「AIが作ったものが他人の知的財産権を侵害しているのではないか?」問題もある。たとえば最近、SNSのプロフィールアイコンで、AIで描かれたジブリ風自画像をよく見かける。「Ghiblification(ジブリフィケーション)」と呼ばれる画像だ。あれはスタジオジブリの知的財産権を侵害していないのか? 侵害していてほしいぞ! なんかムカつくから!
元の著作物の「表現上の本質的な特徴」を直接感得できなければ、「類似性」があるとはいえない。再現される画像がトロロやネコバスやカオナシであればアウトだが、そうでない場合、著作権侵害を問うのはなかなか難しいということだ。
残念無念! 現在、AIの出現によって想定されていない状況が生まれ、知財の議論は“せめぎあい”の様相をみせている。ゆえに、わかりやすい結論が出ない場合も多い。だからこそ「なんかムカつく」レベルの“お気持ち”から一歩踏み出し、最低限の知財に関する知識をもって、議論に加わる必要があるのではないだろうか。

知財は世界を動かしている

本書は、知財について体系的に解説する専門書の形式をとらず、多くの事例を示して知財に関する現状と最新知識について「楽しく」読めるつくりになっている。『鬼滅の刃』の着物の柄の模倣は許されるのか? 炎上案件となった「ゆっくり茶番劇」の登録商標騒動。Vチューバーの“中の人”の人格的利益は保護されるのか? などなど、その事例のセレクトはネットで話題になったものが多く、興味を惹く。そのなかで、「知財を舐めたらあかん!」と、強く思った事例がある。それは海外への情報流出問題だ。

舞台は鉄鋼業界。中国や韓国の鉄鋼メーカーは、20世紀半ばから日本の技術援助を受けて発展。現在、その優位性は逆転している。そんななか2021年、日本製鉄がトヨタ自動車と中国の宝山鋼鉄を相手に、「無方向性電磁鋼版」という高機能鋼材に関する特許権を侵害したとして訴えを起こした。これは電気自動車の材料として重要な鋼材で、日本製鉄はトヨタに供給していたが、コスト面からトヨタは宝山鋼鉄からも同様の鋼材を調達した。日本製鉄は「その宝山鋼鉄の製品は特許権侵害品なので使用中止してほしい」と申し入れをしたが、トヨタが応じず訴訟となった。日本製鉄 vs.トヨタという超巨大企業の裁判! それも顧客を訴えたのだ。「トヨタじゃなく、特許を侵害している宝山鋼鉄を訴えればいいんじゃない?」と思うでしょ? 実は、無方向性電磁鋼版の特許は日本でしか特許化されていなかったので、中国で宝山鋼鉄を相手に裁判できなかったのだ。裁判するなら日本で、しかもトヨタを巻き込んで訴えるしかなかったのだ(ついでにトヨタと宝山鋼鉄を仲介した三井物産まで訴えたのだから、日本製鉄はめっちゃ怒ってる!)。
裁判自体は2年後、日本製鉄がトヨタと三井物産への申し立てを取り下げ、宝山鋼鉄との訴訟のみ継続することになる。
日本製鉄は中国での成長が難しいと判断し、完全子会社化したUSスチールのある米国のほか、インド、タイなどでの事業に注力していくという。
この裁判の因縁だけではないだろうが、日本製鉄が中国市場に見切りをつける要因にはなっているだろう。そしてあのUSスチールの買収という道を選び、それが前の大統領選の行方や、トランプ・ディールを左右したことになる。
『世界は知財でできている』からこそ、知財を学べば世界が見えてくる。
その学びの入門書として、ぜひとも推したい1冊だ。

レビュアー

嶋津善之

関西出身、映画・漫画・小説から投資・不動産・テック系まで、なんでも対応するライター兼、編集者。座右の銘は「終わらない仕事はない」。

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