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2025.04.25

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政府への不信、絶望的階級社会……カネ、生き方で道を誤らずに生き抜く知恵

2025年1月28日、原発不明がんのため逝去した経済アナリストの森永卓郎。彼が晩年、数々のメディアで精力的に活動していたことを知る人は多いだろう。おそらく、この本のタイトルが示すようなメッセージを日本国民に残そうとしていたからではないだろうか。

本書は森永卓郎の実息である森永康平との共著として、リレー形式のようなかたちで執筆された「魂の提言書」だ。康平氏はSBIグループや外資系運用会社などでの勤務経験を積み、現在では「闘う経済アナリスト」という肩書きで幅広く活動している。

目次には「来たるべき大恐慌からいかに逃れるか」「『令和恐慌』をもたらすのは誰か」「『自己責任おじさん』にどう対抗するか」といった刺激的な章タイトルが交互に並ぶ。卓郎・康平両氏は時に同じトピックについて異なる見解を展開させながら、時には共通点も見せる。卓郎氏が歯に衣着せぬ口調で現代日本の政治経済を容赦なく批判する一方、康平氏はつとめて冷静に、しかし読者に対しても厳しいほどの鋭い観察眼による批評を繰り広げるといった具合に、ふたりの個性の違いが如実に現れていて面白い。だが、日本の現状を憂い、どうすれば国民が幸福になれるのかを懸命に考える姿勢においては共鳴している。

たとえば卓郎氏は、投資はギャンブルであり、最終的には儲かるものではないと言いきる。その論理を説明するうえで、自身が晩年に遭遇したこんな事態も引き合いに出される。
(卓郎)
「投資は儲かる」と信じ込んでいる人の考えを変えさせるのは難しい。
そのことを痛感したのが、私自身も巻き込まれた投資詐欺事件だった。
二〇二三年ごろから、SNSなどで著名人を騙った「投資詐欺の勧誘」が大問題になっている。とくにZOZO創業者の前澤友作氏などは、運営元のメタ社を提訴している。
実は、投資詐欺で最も名前を使われたのは私だ。件数で見ると、二位のホリエモンの倍以上もあった。
そのため、私のところには毎日一〇件以上もの苦情メールが来ていた。その人たちに対して、「これは私ではありません、名前を勝手に使われただけで、詐欺グループがやっているんです」と何度も説明したが、なかなか理解してもらえなかった。
一方、もともと投資会社で働いていた康平氏は、こんな発言でジャブを打つ。
(康平)
父のように、「これから資本主義は崩壊する」と見ていて、「投資はやめろ」と言うのは、整合性が取れていて、その点では論者として信用できると思う。
しかし、実際には父も投資をしていたわけで、大暴落を見越して資産の大半を売却したとはいえ、結果としては投資で利益を得ているので、その点では言行一致の観点では矛盾をしているとも思う。
そして、康平氏は投資の専門家だからこそ、より建設的で現実的な投資とのつきあい方を読者にレクチャーする。
(康平)
相場が上がるかどうかを知ることは不可能なので、普通に投資していても「絶対に儲かる」ことはなく、儲ける難易度は高い。唯一リスクと難易度を抑えて儲ける方法は、「いろいろな銘柄に分散投資するインデックスファンドに長期積立投資すること」だ、というのがこの本の主張だ。
実際、「投資の目利き」が銘柄を選んで買う「アクティブファンド」の成績はたいてい「株式指数に合わせて買うインデックスファンド」に劣る、と言われる。
いまや国も勧める投資のガイドブックとして本書を手に取る読者にとっては、大いに役立つ助言となるだろう。投資それ自体は絶対悪として忌避するようなものではないと康平氏は主張するが、むしろ取り扱う側が陥りやすい危険性について遠慮なく教えてくれる。「投資はギャンブルである」という卓郎氏の主張が、より実感を帯びてくる箇所もある。

そして、ここ数十年の日本経済の迷走については、卓郎氏は「日銀と財務省がそろって経済政策を間違えている。これが、日本経済が長年停滞している根本原因なのだ」と断言する。
(卓郎)
そもそも、日本経済の現状を見れば、完全にはデフレ脱却を果たしていないのは明らかだ。利上げするより、できるだけ金融緩和を続けるのが「正解」だったはずだ。
だが、植田総裁は二〇二四年七月に利上げを決定した。これは「円安に歯止めをかけたい」という政府・与党の意向を汲んだ決定だったという説もある。

要するに、政治家の顔色を窺うことを、経済学的に正しい政策を実施することよりも優先した、ということだ。
現日銀総裁への手厳しい批判に続き、「国民よりも数字を大事にする」国家政策の倒錯についても卓郎氏は的確に明文化する。
(卓郎)
この二〇年間、日本の財政政策は財務省が目指す(1)増税、(2)社会保険料の増負担、(3)社会保障カット、という基本政策どおりに進んできた。その結果、日銀を含む統合政府ベースでは借金を資産が上回り、財政収支も事実上黒字という世界で最も健全な財政状況が実現した。しかし、その裏側で税・社会保障負担率は五〇パーセント近くに達して、国民生活は深刻な状況に陥ってしまったのだ。
こういった現政府の「間違った考え」はどこから生まれるのか? 康平氏が指摘するのは、「マクロとミクロの混同」という問題だ。
(康平)
財政政策や金融政策を論じる際には、「できる限り多くの国民を救おう」とか、「社会的弱者に福祉を提供しよう」といった国全体を俯瞰した「マクロ」の視点が必要になってくる。
一方、「ミクロ」の議論はまた別だ。業績不振に苦しむ企業が社員をリストラしたり、不採算事業から撤退する、というのはミクロなら正しい。

(中略)
日本ではマクロとミクロが混同されがちだ。「マクロ」を担う政治家や官僚たちほど「弱肉強食」を肯定する一方、本来「ミクロ」の企業経営者が、競争を避けぬるま湯の労働環境を維持している。
本書後半になると、卓郎氏はいよいよ舌鋒鋭い。「第五章 なぜ金融業界は詐欺師ばかりなのか」「第七章 『身分社会』に潰されないための生き方」という章タイトルからして強烈だ。前者では、かつて康平氏の勤務先であった外資系投資銀行について「金儲けのためなら何でもする金融機関」と表現。もはや痛快なまでのこき下ろしっぷりだ。
(卓郎)
要は、彼らは次の三つをやっているに過ぎない。
一つ目は「相場操縦」だ。マーケットに介入し、自分たちが儲かるような相場を作っている。
二つ目は「M&A」。会社を買収し、転売して利益を出す。
三番目は、いろいろなデリバティブ取引を活用して、「低リスク高利回り」をうたうインチキ金融商品を販売すること。

(中略)
要するに、三つともろくなビジネスではないということだ。
そして、卓郎氏パートの最終章にあたる第七章は、まさに本書のクライマックスといえるだろう。これだけ言いきってくれる人がもうこの世にいないと思うと、なんとも惜しい気持ちになる。
(卓郎)
私はつねづね、日本の国力が落ちている最大の理由は、ボンクラのボンボンばかりがおいしい仕事に就いているからだと訴えている。
有名人や大企業役員の二世たちが、親の金でいい大学に通い、親のコネでよい企業に入っていく。もちろん実力を評価されたからではないし、何かを達成した経験もない。現場を這いずり回り苦労したことも、エリート層にいじめられて悔しい思いをしたこともない。だから、二世たちの判断は大抵間違いなのだが、いま日本で実権を握っているのは彼らだ。二世議員はその典型かもしれない。
もちろん、読者は本書があくまで「経済アナリストの視点」で現代日本を語った1冊であることは理解すべきだろう。何もかも首肯する必要はないし、時には意見が相容れない部分もあるかもしれない。康平氏も「それでいい」と、本書あとがきに記している。
(康平)
一冊を通して親子どちらかの意見に賛同する必要はない。これに関しては父、これに関しては私という感じで、論点ごとに賛同する部分は変わるだろうし、場合によっては両方とも賛同できず、別の意見を持つこともあるだろう。
私はそれでいいと思う。私自身も父や自分の考え方が絶対に正しいとは思っていない。他人の意見を聞くことで自身の考え方を修正することもある。
多くの意見や考えに触れることで、自分自身の考えを見つめ、さらに深めていけることが、この本の最大の効能ではないだろうか。それこそが、国民のためを思い続けた人物の「最後のメッセージ」なのかもしれない。

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

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