たのしいよ!
青い鳥文庫の『ガリガリ君ができるまで』は、赤城乳業全面協力のもと、アイスの「ガリガリ君」がどうやって作られて、私たちの手元にやって来るのかが描かれたドキュメント小説。小学校中級から読める。
表紙から飛び出てきそうな「ガリガリ君 梅ジュース味」のパッケージデザインも、実際にガリガリ君のデザインを担当されているアートディレクターの高橋俊之さんの手によるもの。本物だ! 著者はノンフィクション作家の岩貞るみこさん。岩貞さんご自身もガリガリ君が大好きだそうで、どこを読んでもガリガリ君愛にあふれている(なお岩貞さんは“当たり棒”に当たったことがまだないのだとか。私もです)。
タイトルに偽りなしで、ガリガリ君の新しいフレーバーが誕生して、工場でたくさん作られて、お店に並んで、みんながガリガリ君を手に取って、ガリッとかじるまでの物語だ。
どのポイントにも「今ここがすごく大事な場所」と思わせる山場がある。今ここで、この人がものすごくがんばらないと、おいしくてみんなが大好きなガリガリ君は世の中に出てこないのだろうとわかるのだ。その緊張感たるや。一度でも本気で仕事をしたことのある大人ならウッと声が出てしまう本だと思う。
君の好みはきいていない
新人のナナミはなかなか試作をさせてもらえないし、一見すると地味な仕事が多くて、しかも宿題として新しいフレーバーを千個考えなきゃいけない。しかもただ新しいフレーバーを出せばいいわけではない。
なぜ、その味がいいのか。どんな人に買ってもらいたいのか。いつ、どんなときに食べてもらいたいのかなどを考えなければならないのだ。
(中略)
「私が食べたいからでは、だめなんでしょうか。」
「それはだめ。」
即答だった。
「以前、ぼくが、レモン味のガリガリ君を作ったとき、すっぱめにしたんだ。会議で、なぜこんなにすっぱいのかという質問が出た。『ぼくが、すっぱいのが好きだからです!』と答えたら、社長に、『君の好みはきいていない。』といわれ玉砕したことがある。」
ナナミが新しい味のガリガリ君をつくる夢をかなえるためには、ガリガリ君の会議で「新しい味の企画」を通さないといけない(この会議の名前がまたすばらしいのだ)。そして企画を通すためには、友達とのおしゃべりのようにただ好きなもののことを話すのではなくて、自分で考えた言葉で相手を動かす必要がある。
ちなみに、このナナミの奮闘とともに、実際に大ヒットした「ガリガリ君リッチ」シリーズのコンポタ味や、衝撃のナポリタン味などにも触れられる。ガリガリ君ファンとしてはニヤッとしてしまう。
カツカレーが食べたいけど、食べられない
上に書いてある材料から、順番に大きななべに入れていく。ふしぎなことに、おなじ材料だというのに、入れる順番をまちがえると味が変わってしまう。
昼休み。
ナナミは、もうれつにカツカレーが食べたい気もちを必死におさえた。
午後は、香りづけの作業。香りの強いカレーで、舌や鼻が使い物にならなくなったらこまるのだ。先輩たちは、気にしていないみたいだけれど、まだ経験の浅いナナミにとっては、用心にこしたことはないのである。

果物の「色の数」
例えばパッケージデザインにも秘密がある。デザイナーの“タカハシさん”が新フレーバーのパッケージデザインの手描きスケッチを会議で見せたとき、こんなやりとりがある。
「いいですね。」
マーケティング部のオカモト先輩も、購買部のガハハ先輩も、社長もうなずいている。
品質保証部のメガネ先輩が、タカハシさんに念をおした。
「梅の実に使う色の数は、注意してくださいね。」
「はい、了解です。」
タカハシさんは、にっこり笑って答える。
パッケージに描く果物の絵には、ルールがある。
何色も使って写真のような果物の絵を描いてしまうと、買う人が、果汁がたくさん入っていると誤解してしまう。そうならないために、入っている果汁の割合によって、絵に使っていい色の数が決められているのだ。
こんなふうに、どこを読んでもガリガリ君の秘密がいっぱい明かされて興奮してしまう本だ。泡ひとつない、氷河のようにつるんとしたガリガリ君の表面にも、シャクシャクした食感や氷の粒にも、ていねいな仕事が隠されている。
子どものころ「大人は、仕事で何をしているんだろうか」と想像しても、私にはサッパリわからなかった。とくに「会社」がどういうものなのか一切わからず、自分とは切り離された別の世界にある無機質な場所だと思っていた。『ガリガリ君ができるまで』は、おいしいアイスをつくる会社と、その仕事の物語で、自分たちともつながっている世界なのだとよくわかる。豊かで楽しい気持ちを味わえる本だ。ぜひ手に取っていただきたい。