2025年和辻哲郎文化賞(学術部門)受賞作『所有論』を手がけた編集者がおすすめしたい1冊
ある年の春の日、一宮高校の教頭先生から私のところに電話がありました。
「わが校はめでたく創立100周年を迎えました。ついては鷲田先生に生徒に向けてご講演をお願いしたいのです」
多忙な鷲田さんは基本的に、よほどのことがなければ講演の依頼は引き受けません。しかし「美風」を聞かされた私は考えました。
「なんと、最良の聴衆じゃないか。それにあわよくば活字化できる」
鷲田さんには「これはよほどのことです」と、強く申しあげて引き受けていただきました。
しかし、コロナ禍。日程は揺れ動き、実現したのは2020年10月15日のこと。
当日、私は舞台の袖で碩学のあたたかい語りかけを聞き、生徒たちの真摯な質問に触れて心から感動しました。そして思ったのです。
「やはり、どうしても本にしなくては」
こうして誕生したのが本書です。大きい文字で約100ページ。『所有論』とは正反対ではありますが、世のなかには重厚畢生の大著もあれば、短くてもスゴイ本というのもあります。本書は、鷲田さんの50冊を超える著書のなかでも「もっとも読者の心に響くもの」ではないかと『所有論』の担当者でもある私には感じられてならないのであります。
──学芸第一出版部 横山建城