歯の健康=からだの健康
歯を失うことがここまで怖いのはなぜなのか。「なんとなくイヤな予感がするから」なのだが、そういう本能的な怖さから一歩踏み込んで、科学的に知りたい。
ブルーバックス『からだの「衰え」は口から 歯と健康の科学』の読後、私の歯磨き熱はさらに上がった。歯の健康が損なわれて、歯を失ったら何が起こるのかがよくわかる。「食べづらいだろうなあ」どころの話ではなかった。そして最近よく歯科医院で見かける「オーラルフレイル」なる言葉の意味とその大切さがわかった。
歯の健康は口の中だけの問題ではないのだ。歯周病は脳や心臓の病気、そして早産との関連が指摘されている。つまり歯を健康に保てば、命に関わる病気への対策になりうる。なにより、口の中のしくみを知ると歯を大切にしたくなる。なんて繊細な仕事を毎日毎日ちゃんとやってくれているんだろう、と。
さらに現代日本の歯の課題も本書は教えてくれる。「80歳になっても20本以上自分の歯を保とう」という「8020運動」が実を結んで、日本では高齢になっても自分の歯で食べられる人が増えている。著者の水口俊介先生は「まさに日本の歯科保険、歯科医療の勝利といってもよく、大変誇らしいことです」と語る一方で「65歳以上の高齢世代では、う蝕(=むし歯)を患っている人の数が右肩上がりになっている」とも指摘する。むし歯=子どもの問題というイメージはもう過去のもので、歯のケアは一生続く。
そんな読者の気持ちを見越してか、巻末で「正しい歯磨き」の実践テクニックも紹介されている。これがとってもありがたい! 私はこの本がきっかけでタフトブラシも使い始めた。
センサー総動員の咀嚼
私たちが食べ物を口に入れてモグモグと噛んでいるとき、何が起こっているか
口腔内にピーナッツの粒などがあると、歯根膜や舌、それに頬や唇の内側などの口腔内部の表層の部分(=口腔粘膜)にある機械受容器(圧力やゆがみなどの力に反応する体の感覚センサー)が感知し、その感覚が信号によって中枢神経系に伝わります。そして、中枢神経系(脳)が咀嚼筋(閉口筋)、舌、頬といった末梢器官系に信号を送り、適切な力で粒を噛みつぶすのです。もし、やわらかい中にかたいものが含まれている食べ物や、口に入れた経験のない食べ物を咀嚼するときは、まず弱い力で探るように咀嚼します。つまり、噛む力と噛むスピードを制御しているのです。
オーラルフレイルと口腔機能低下症
歯がなくなると良好な義歯を入れない限りかめない食品が増加します。また、社会性の低下によって人と会話をしなくなると、唇や舌の活性の低下や食べこぼし、わずかなむせが多くなってきます。この状態がオーラルフレイルと呼ばれるものです。(中略)オーラルフレイルが進行すると、噛む力の低下や舌の筋力の低下、さらには食べる量が減少し、それに伴って低栄養や運動量の低下、代謝の低下、サルコペニア(主に加齢により、筋肉量の減少や筋力の低下が起きること)やロコモティブシンドローム(足腰が衰えて、立つ・歩くといった移動機能が低下した状態)になってしまいます。
自ら改善できるオーラルフレイルとともに、医療の力を借りて歯から要介護状態を防ぐ鍵となるのが「口腔機能低下症」だ。2018年から保険収載、つまり口腔機能低下症と診断されると、保険適用の治療を歯医者さんで受けることができる。
オーラルフレイルなどと口腔機能低下症のちがいは次のよう。

歯を失うと生活の質が大きく変わってしまうことは、誰でもなんとなく想像はつくはずだ。でも「歯があれば、それでオッケー」ではないことが本書を読むとよくわかる。80歳になっても歯が20本以上残っている人が多い時代になり、私たちの口の中は、昔とはまったく違う。私が本書を読んで一番衝撃だったのはそのことだった。
さらにいうと健康な歯だけがあれば健康寿命を延ばせるようなシンプルな話でもなく、実は栄養指導が重要なことや、高齢者歯科治療のむずかしさ、そして義歯の大切な役割についても最新の歯科技術とともに紹介される。歯を健康に保つためのケアは子どものころから死ぬまで一生つづくことを教えてくれる、いろんな人の命と健康を守るための本だ。