「粒」の向こうに世界が見える
『砂時計の科学』は、粒の集合体である「粉粒体」の不思議や物理学への理解を読みやすい文章で解説する1冊だ。
といっても、本書で話題になるのは食塩や砂、米粒などの“粒々”だけではない。
(一)全体の大きさ(たとえば容器)に比べて粒子の大きさが小さ過ぎない。
(二)個々の粒子の大きさが粒子の速度に比べて小さ過ぎない。
「粉粒体」を知ることが、日々の生活に劇的に役に立つわけではないかもしれない。でもいいのだ。この本が本当に面白かったから。難しいはずの物理学の知識が、楽しい雑学のようにスイスイ頭に入っていくのがとても新鮮だった。
「粉粒体」という切り口で見ると、さまざまなものの間に共通の法則が見出されることに驚く。物理学の話題がシームレスに日常生活で見かけるあれこれに結びつき、思わずニヤリとしてしまう。本書は、ふとした瞬間に心を浮き立たせてくれるような楽しい知識を授けてくれる1冊だ。
物理学を日常の中に
実際、「時間」というのは現在ではすべての物理量の基礎になる量である。
星の周期を時間の尺度にする日時計の弱点を克服する存在として浮上したのがタイトルにもある「砂時計」だ。ひょうたんのように膨らんだ部分に砂粒が蓄えられており、真ん中のくびれを通って落ちた砂の量で時間の経過を測る砂時計は、漏斗(ホッパー)の応用のひとつだ。
このホッパー(砂時計)には、こんな七不思議がある。
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ホッパー内の粉粒体の流れのモデル実験では、まず左半分が、次いで右半分が、というように順番に粉粒体が流れ出ていく。水ではありえない不思議な挙動だ。この砂の流れを頭に思い浮かべながら読んでいると、急になじみのある話題が出てくる。満員電車での人の動きだ。車輛の出口近辺では
まず、ドアの左側の人が出ていく。次に、ドアの右側の人が出ていく。このように互い違いに出ていくのではないだろうか。我々はこれは譲り合いの精神から出る当然の動きと思っているけれど、ひょっとするとそうではなくて、無意識のうちに最も生じやすい流れ方をしているのではないだろうか。
(七)出口の直径が粉粒体の直径の六倍以下の時は粉粒体は流れ出ない(目詰まりを起こす)。
このほかにも交通渋滞をはじめ、雪崩や砂丘、風紋といった日常の中で目にする現象を「粉粒体」を通じて物理学の観点から詳しく解説してくれるのが本書の楽しいところだ。
本当は面白い「物理」
「おわりに」で、著者の田口善弘さんは言う。
砂時計が満員電車だったり、砂の流れが渋滞だったり、砂山が「過加熱固体」だったりするというのは、全く違うように見えるものが実はよく似ていることに気づくという、物理の本当の意味での面白さを良く味わわせてくれるのではないだろうか。