今日のおすすめ

PICK UP

2024.12.27

レビュー

粋な笑いのセンスで庶民に愛され続けてきた落語。豊かな話術の文化!

書道や茶道、雅楽や和食など、さまざまな日本の文化について、物語を通して楽しみながら学べる「おはなし日本文化」シリーズ(全10冊)の刊行が始まった。その第1弾のテーマは「落語」。今回、物語を書き下ろしたのは、『がむしゃら落語』『ペット探偵事件ノート 消えた迷子ねこをさがせ』『おおなわ 跳びません』ほか多数の著作がある赤羽じゅんこ。フジタヒロミによるイラストが華やかに愛らしくストーリーを彩る。
主人公は小学生の女の子、天音。両親から「天音は口から生まれたみたい」と言われるほどおしゃべり好きの彼女は、ある日、母親の紹介で女性落語家の悠々亭若葉さんと知り合い、落語の稽古を受けることに。なんと2ヵ月後に老人ホームで実演することになった天音は、一所懸命に練習を重ねながら「落語」と「普通のおしゃべり」の違い、テクニックや様式、そしてお客さんから笑いを引き出すことの楽しさなどを学んでいく……。
テレビ番組でざぶとんをとりあっているのは、年配のおじいさんばかり。地味な印象しかない。
物語の冒頭にポロッと飛び出す、天音の心の声である。ひょっとしたら思ったより多くの日本人も似たようなイメージを持っているかもしれない。そんな地点から出発する物語は、たくさんの新鮮な驚きと無垢(むく)な発見に満ちている。

舞台上の座布団の上という限定されたスペースで、あらんかぎりの表現力と、最小限の小道具(扇子、手ぬぐい、羽織、時には座布団も)を駆使して観客のイマジネーションを喚起させる話芸の難しさは、天音に想像以上の苦心と多くの気づきをもたらす。落語の稽古をつけてもらいながら、相手に何かを伝えること、反応を受け取ることの大切さを学んでいく過程は、1人の少女がコミュニケーションの基礎を体得する成長ドラマにもなっていて、感動的だ。
同時に、本作はシリーズのコンセプトをしっかり踏まえ、落語の世界独特の基礎知識を散りばめながら進んでいく。徒弟制度による伝承形式や、真打ち制度という階級システムなどの解説のほか、初めて寄席という非日常的空間に足を運んだときのワクワク感も活写されていて楽しい。「落語家はその日の演目は基本的に高座に上がってその場で決める」といったことも、落語ファン以外では知らない人もけっこういるのではないだろうか。
主人公が女の子であり、その師匠となるのが若き女性落語家というのも、この作品が「文化の現在地」を示しているポイントである。日本の伝統芸能のなかでも、落語はひときわ庶民的で間口の広い、言うなれば自由度の高い娯楽だ。舞台の上ではしきたりや様式、プロフェッショナリズムが厳然と存在する世界であっても、観客にはリラックスして楽しんでもらうことを是として、大衆の時代感覚に即した芸能であり続けてきた。近年、女性の落語家が増えているという事実も、その文化的特徴を考えれば当然の帰結と言える。だが一方で、そうした状況が気に入らないオールドファンの存在も、現実の反映として描かれている。
舞台の若葉さんは、いつもよりどうどうとキリッとして見えた。男ものの着物をさらりと着こなして、ちがう人みたい。
「カッコいいなー。」
わたしがうっとりと見ほれたときだった。となりにいた、知らないおじいさんがつぶやいたんだ。
「なーんだ。女か。」
ちぇっと舌を鳴らす音もする。
こういう保守的な考え方こそ、落語文化の伝統的精神に反していやしないだろうか?と本書を読むと思えてくる。そもそも性別に関係なく、現代性をもって古典を語れる技能を持ち、同時代の観客に寄りそうアレンジも自由闊達(かったつ)にできる噺家(はなしか)は皆、ひとつの「落語の伝統」の体現者と言える。そして、主人公の天音は自身の工夫でそれを達成してみせる。そんな自由さを許容する懐(ふところ)の深さが、落語の魅力ではないだろうか。
ちなみにこの作品で、天音が最初に演じることになるのが「転失気(てんしき)」という演目。なるほど子どもが好きそうなネタである(内容を知らない方はぜひ本書でご確認を)。このほか劇中には「子別れ」「猫の皿」といった入門編にふさわしいネタ選びがされており、作者の目の確かさを感じさせる。実は、落語には「まいどばかばかしい」だけではない広大な物語世界が広がっているのだが、それは落語にハマってからのお楽しみだ。
●「おはなし日本文化」シリーズ刊行ラインナップ
・2024年11月28日刊
落語 『まいどばかばかしいお笑いを!』 赤羽じゅんこ/作 フジタヒロミ/絵
短歌・俳句 『月曜倶楽部へようこそ!』森埜こみち/作 くりたゆき/絵

・2024年12月19日刊
茶道 『茶の湯、やってみた!』 石崎洋司/作 十々夜/絵
相撲 『ドッシリ! どす恋』 須藤靖貴/作 福島モンタ/絵

・2025年1月刊行予定
能・狂言 『お能探偵ノーと謎の博物館』 石川宏千花/作 かない/絵
書道 『かっこいいキミと、一筆!』 神戸遥真/作 藤本たみこ/絵

・2025年2月刊行予定
華道 『咲かせよう! 世界のフェスティバル』 結来月ひろは/作 miii/絵
雅楽 『ひなまつりの夜の秘密』 戸森しるこ/作 松成真理子/絵
刀剣 『めざせ、刀剣マスター!』 石崎洋司/作 かわいちひろ/作
和食 『ぼくらのお祝いごはん』 落合由佳/作 井田千秋/絵

レビュアー

岡本敦史

ライター、ときどき編集。1980年東京都生まれ。雑誌や書籍のほか、映画のパンフレット、映像ソフトのブックレットなどにも多数参加。電車とバスが好き。

おすすめの記事

2022.04.30

レビュー

人間国宝となった孤高の名人、柳家小三治。その芸を通して現代落語史を解読する!

2016.12.03

レビュー

「この時代に、なぜ落語家?」現代落語界が見える、噺家の本音トーク集

2017.08.27

レビュー

貧乏も笑い飛ばす『江戸の気分』──100以上の落語から痛快まとめ

最新情報を受け取る