舞台は老朽化で立ち退きが進む海辺の団地。年老いて病を患う祖父と、彼の面倒を見る孫娘や、親が失踪した姉弟、夫に先立たれて近所の犬の世話をかってでる老女など、団地に集う人々の季節と記憶が丁寧に紡がれます。
決して派手な事件は起こらないし、抱えている問題が劇的に解決するわけではないけれど、辛いことがある毎日でも、誰かとほんの少し心を通わせることで前を向いて生きることができる──私たちの何気ない「普通」の人生を肯定してくれる温かさが本作には溢れています。
タイパやコスパと騒がしい今だからこそ、じっくり時間をかけて味わっていただきたい──そんな一冊です。
──文芸第一単行本編集チーム 中谷洋基