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2024.10.16

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松永K三蔵さんって、どんな人? 第171回芥川賞受賞作家スペシャルインタビュー

起床は朝5時、就寝22時。始業前の2時間、コーヒーショップで

2021年群像新人文学賞優秀作に選出された「カメオ」(※1)に次ぐデビュー第二作「バリ山行」で、第171回芥川賞を受賞した松永K 三蔵さん。受賞決定後の日々を聞くと「取材などで大変なことになると聞いてはいましたが、想像以上ですね。ちょうど勤め先の忙しさも重なってしまったもので、なおさら……」と、はにかんだような笑顔を見せた。

執筆のかたわら建築関係の仕事に就く会社員でもあり、起床は朝5時、就寝22時。始業ギリギリまで会社近くのコーヒーショップで約2時間、パソコンに向かって創作を行うのを日課としてきた。それは受賞後も変わらない。

「(次回作の)小説の構想を練ったり、新聞社や文芸誌から依頼されたエッセイを書いたり。『バリ山行』の単行本をお世話になった方に贈っていて、それに添える手紙を書くこともしていますね。顔バレですか? いや、それはなさそうなんですよ。声をかけられるなんてこともなくて」

受賞決定から約2週間後の7月29日に刊行され、このインタビュー時にはちょうどできたてホヤホヤだった『バリ山行』の単行本。これは、自身にとって初めての書籍化でもあった。著者謹呈本の発送は自分で手がけ、奥さんにも手伝ってもらっているという。「受賞に際してご家族からはどんな言葉が?」と尋ねると、「妻はよかったねと喜んでくれて……」と微笑み、作家デビューした2年後「群像」に寄せたエッセイ(「文学のトゲ」2023年6月号)で触れているお嬢さんについてもこう語ってくれた。

「妻からは『サポートできることは何でもするからね』と言ってもらって。本の発送が結構大変なので、本当に助かっていますね。娘も(芥川賞の)選考中は『ずっと祈ってるよ』と言いつづけてくれていました。まだ幼いので(お父さんが大きな文学賞に輝いたことを)どこまでわかっているのかそれはわからないのですが、講談社さんの販売促進(ハンソク)のポスターを見てはニコニコしていますよ」

人が“本質的なもの”に触れるのは、決して心地いいことばかりではない

2024年8月23日、都内で行われた第171回芥川賞・直木賞の授賞式。写真左より直木賞の一穂ミチさん、芥川賞同時受賞の松永K三蔵さんと朝比奈秋さん
撮影/森 清(講談社写真部)
受賞作「バリ山行」は構想から脱稿までに足かけ3年を要し、推敲も五十数回に及んだ。

「構想は群像新人賞に『カメオ』を応募したすぐ後。『バリ山行』はいろんなパターンを書いては試してのくりかえしで、原稿の左上に目印のためにつけているナンバリングは五十いくつを数えました」

読みどころがいくつもある中で、身の危険を感じるほどの強烈な体験を強いられた主人公に自意識の変化が生じる場面が、特に印象深い。気弱な姿から一変、主人公の心情を〈私の肚の底に豪胆な何かが居座っている〉と表した一文には、どのような思いが込められているのか。

「誰しも日々の生活や仕事のなかでいろんなことが起きますし、ともすれば振り回されて、思い悩んだりする。それでも、本質的なもの、揺るぎないもの、何か超越的なものに触れることによって、自分の存在の“核”となるものを自覚するようになっていくのではないかと、僕は思うんです」

自身にとってのそうした自覚の芽生えは、十代のころだったという。

「僕にとってはやはり、18歳の時の母の死でした。人が“本質的なもの”に触れざるをえなくなったりするのは、決して心地いいことばかりがきっかけではなく、それまでの自分を揺るがされるような外的なショックを受けることでもあると思うんです。時に『自分ってなんで生きてるんかな?』と苦悩するような……。母の死は自分の世界が一瞬にして変わってしまうくらいの衝撃だったのですが、そうした実体験が自分の存在を意識するうえでの核になっていると思います」

どこにでもある日常の生活で懸命な生き方をする人々を描きつづけたい

最初の大きな読書体験は、母に勧められ14歳で手にしたドストエフスキーの『罪と罰』。大学の卒業論文では坂口安吾を取り上げ、太宰治・檀一雄・織田作之助といった無頼派の作家にも惹かれるという。

「 オダサクのリズム、文章の佇まいが好きですね。彼らのデカダンとは、目の前にある“常識”といわれるものへ当たり前のことのように従っていく危うさを、教えてくれているように感じます。本質的なものに目を向ける、それがデカダンのあり方ですから」

気になる次回作について聞いた。

「だいたいの構想は固まってきていて、なるべく早く発表できればと推敲を重ねているところです。小説には“書かれるべきもの”があるのではないかと思っていて、僕にとってのそれは日常で働いている市井(しせい)の人たちがもつドラマ、物語です。どこにでもあるんだけど、どこにでもあるからこそ普遍性をもっているもの。当たり前の生活で白熱するような懸命な生き方をしている人々の姿。それを創作として描くのが小説の役割なのではないか。僕はそう考えています」
松永K三蔵(まつなが・けーさんぞう)

1980年茨城県水戸市生まれ。兵庫県西宮市在住。六甲山のふもとに妻子、愛犬(※2)と暮らす。関西学院大学文学部卒業。2021年「カメオ」が群像新人文学賞優秀作となり、作家デビュー。第二作「バリ山行」で第171回芥川賞受賞。記者会見では「オモロイ純文運動」と記したTシャツ(※3)を披露して話題に

※1「カメオ」……本年12月に講談社より単行本刊行予定。降って湧いた仕事で関わることになった厄介な男、その男と同じ名をもつ犬との出逢いと別れを、不条理極まりなさと絶妙なおかしみで綴ったデビュー作。「協力業者の担当とふたり、戸外で立たされ、延々一時間あまり、客の男からドヤしつけられている最中に、この作品を着想した」(群像「受賞の言葉」2021年6月号より)のだとか

※2 愛犬……幼い頃に犬を飼ってはいても「ペットというよりは外にいる存在」で特に強い思い入れを感じていなかったが、「犬を飼うのが夢だった」という奥さんの願いから、12年前に室内犬(トイプードル)を家族の一員に。「自分でも驚くくらい、すっかり犬派になりました。去年、同じ犬種をもう一頭迎え入れて、今は2頭飼いです」(松永さん)

※3 オモロイ純文運動……読書になじみがない人にも、「取っつきやすい僕の本」が入り口になることで本っておもしろいと思ってもらえるようにしたい。そう考えて、以前から提唱しているという松永さんのオリジナルの運動。Tシャツは芥川賞候補になって(※受賞決定の1ヵ月前)自腹で作ったもの。「あまりにオモロイんで、Tシャツを量産してイベントをしましょうよと松永さんに持ちかけています」(担当編集者:文芸第一単行本編集チーム 名原博之談)

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